小説2 拍手(2008.12月) 《ギフト》 街を彩るイルミネーション。眺める店の数々は、商魂逞しくクリスマス飾りと、ギフト提案に溢れている。 クリスマスなど、嫌な思い出か、無縁に生きていたぐらいしか記憶に無い。 けれど、今初めて心浮き立つ気持ちを感じている。 『クリスマス・パーティーをしようよ』 10代目のお誘いに、即座に首を縦に振った。 こうして、浮かれた空気漂うショッピング・ビル内を歩いているのも、その為。 プレゼント交換用の品物を、探し歩いている。 (どーすっかなー) プレゼント交換のルールは、クジ引き。誰に、誰のプレゼントが渡るかわからない。 それが悩みの種で、1時間近く、あても無く歩き続けている。 集まるメンバーはいつもの顔ぶれで、趣味も好みもバラバラ。そのうえ、男女どちらでも良い物を選ばなくてはならない。 10代目に渡る可能性が有る以上、けして手は抜けない! (わっかんねーな) どんな物を選べば良いか、わからない。 人に物を贈った経験など、無いに等しかった。 それでも、少し前の10代目の誕生日にプレゼントを贈ったら、とても喜んで頂けた。 その記憶が有るから、やはり半端な物を選ぶ気にはなれなかった。 (出直すか…) パーティー迄は、まだ日にちが有る。 悩み、考え続けて疲労を感じていた頭は、問題を先延ばしする考えに揺れる。 正直な体は、出口方向へと足を向けていた。 ふと、ひとつの店の前で足を止める。 ビル内と、各店から流れるBGM、店員の呼び込みの声、人々のざわめき。 それらの喧騒の波から、小さく高い音を耳が拾っていた。 音の発生源は、店頭の陳列棚に並ぶ天使の像。 乳白色をした、手の平くらいの大きさの、天使のオルゴール。 (………) 古い記憶が、蘇る。 (嫌な思い出ばっかじゃ無かったんだ…) クリスマスなんて、嫌な思い出と、無縁な時を過ごしていた記憶だけだと思っていた―――忘れていただけで。 わくわくして、心弾ませた思い出。 城で過ごしていた時のクリスマスは、最悪だった。 いつも開かれるパーティーに、クリスマスと頭に名が付いただけで、何ひとつ変わらない最低な時間。 ピアノ演奏、ビアンキのクッキー、来客からの儀礼的なプレゼント。 プレゼントは文字通り、山となっていたが、興味も関心も持てなかった。 ただ、例外がひとつだけ。 その人間からのプレゼントだけは、心踊らされた。 毎年用意され、贈られた品々。 天使のオルゴール。 プレゼントのひとつだった。 (どこ、やったんだろ?) 城を飛び出した時、持ち出した物は必要最低限だったから―――置いてきたという事だろう。 つまり、もう2度と見る事は無い訳で―――失脚した父親は、城を手放した。何らかの形で、処分されたのだろうという事は想像がつく。 置いてきたのは、自分。 今迄、すっかり忘れていた記憶。 失った物は、戻らない。 それでも、心が沈む。 頭が俯く。 (さみぃー ) ビル内は暖かいのに、肌寒い。 その時、沈んだ気持ちを逆撫でする様な機械音が、ポケットから鳴る。 ささくれた気持ちのまま引き出せば、着信名は《エロ医者》―――シャマルからだ。 幼い自分に、プレゼントをしてくれた贈り主からの、あまりのタイミングに後ろめたさを覚えながら、通話ボタンを押す。 『ん?今、外か?』 周りの喧騒が届いたのだろう。ショッピング・ビルの名を告げる事で、返事をする。 『迎えに行くから、待ってろ』 「何で?」 わざわざ迎えに来て貰う距離ではない。 『今、仕事終わったんだよ。遅くなったから、ついでにメシ食って帰ろうぜ』 「あー、わかった」 納得して、了承を告げる。 『何か、食いたい物あるか?』 (食べたい物…) 「温ったけぇーの」 『ん〜、わかった』 『着いたら連絡する』と残して、通話が切れた。 温かい物を食べて、暖かい温もりに包まれて眠りたい。 心が、冷たくて、寒いから。 忘れていたけど、思い出したら哀しくなった。 失くしたプレゼントも、忘れていたという事も。 あんなに、わくわくして、キラキラした思い出。 弱ってしまった心を慰めて貰おうとするのは、弱い気がするけど…… どうしても、今は、シャマルに温めて貰いたかった。 END [*前へ][次へ#] |