縁は異なもの、味なもの 記憶 地学準備室に着くと先輩が持っていた鍵で扉を開けてくれたので先に入らせてもらった。 室内はカーテンがしまっているせいでやや薄暗い。とりあえず荷物を床に置いてどこに仕舞うのか尋ねようと振り返ると、ガチャンという音と同時に足を払われた。 「い゛ッ………っう…」 いきなりの事だったのでろくな受け身も取れず、背中と頭を打つ。痛みに踞っていると俺を床に押さえつけて、先輩が馬乗りしてきた。 「何のつもりだ!」 「何のつもりって…手紙で伝えておいただろう?迎えにいくって」 「!……じゃあ貴方が空のストーカーですか。俺を餌に空を呼び足すつもりか?」 相手を睨みながら隙を伺う。こういう風に動きを封じられてしまうと、そんなに力が強いわけではない俺には逃げる術がない。なんとか一発決められれば……と話ながら考えていると、延びてきたストーカーの手が俺の首筋を撫でた。 「勘違いしてるみたいだから教えてあげるよ。僕が好きなのはあんな奴じゃない。君だよ、成瀬君」 「は……?」 「下駄箱で落とした写真で勘違いしたみたいだけど、本当はあれ引き裂いて下駄箱に入れるつもりだったんだ。まぁ、成瀬君の周りには邪魔なのが多かったから、勘違いを利用させてもらったけど」 嫌な笑みを浮かべながらストーカーは俺に顔を寄せる。 こいつは今なんと言った?俺が好き?じゃああの手紙は、あの視線は全部俺に向けられたものなのか? 「大体、アイツは何様なんだ。いきなり現れて成瀬君の隣を陣取って!!あそこは僕のものだ、君に相応しいのは僕しかいない。汀田も穂純も望月も加藤も花崎も笹光も他の奴等誰一人だって君の隣にいるに値しない屑だ!なのに君を僕から取り上げてっ……成瀬君だってあんな奴等といるのは嫌だろう?だから君を救うために迎えに来てあげたんだよ」 さも俺が望んだように男は話したが、言っている意味が解らないし同時に向けられる熱を孕んだ視線が気持ち悪い。 催した吐き気を押さえていると、男の手が制服の上から身体をなぞった。ねっとりとした触り方が、さらに吐き気を強くする。 「あぁ……ずっとこうして君に触れたかったんだ。もう君の心は知り尽くしてしまったから、あとはこの身体だけ……」 「っ……触るな!気持ち悪い!」 「気持ち悪い?それは間違ってるよ。君は嬉しいんだよ、一番の理解者である僕に触れられて」 勝手な解釈をして、俺が身動き出来ないのをいいことに男は身体中触ってくる。頭、胸、腰、腿……髪や指先まで絡めるように撫でてきて、ついにシャツに手を掛けた。 「やめっ………」 静止の声も空しく男はシャツを捲り上げると、俺の胸元に頬擦りしてくる。一気に鳥肌が立って逃れようと身体に力をいれるが、相手の体格がいいせいかびくともしなかった。それでも俺が抵抗を続けていると、ふと何か気付いたように男は手を止めた。 「…あぁ、そうか。五年前の事があるから怖いんだね、成瀬君は。大丈夫、僕はあんな変態とは違う。僕は君を愛してるんだ」 「何、言ってるんだ…?」 安心して、と男は頬に唇を落としてくる。けれどそんなこんなより急に出た「五年前の事」という言葉に俺の頭の中は一杯だった。 なんでこいつがそんな事を言うのか、父さんが死んだ事故を知っているとでもいうのか?それに俺が何を怖がってるっていうんだ。色んな考えが頭の中を駆け巡って、理解できないうちにまた男の手が動き出す。 「あの男は相応しくないのに君に手を出して…………そうだ、お父様に感謝しないとね。こうして今僕と君が愛し合えるのも、お父様が……―――」 俺は続いた男の言葉に呆然とした。 [*前へ][次へ#] [戻る] |