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縁は異なもの、味なもの
懐かしき情景






熱が下がった日からよく同じ夢を見るようになった。

雨の日に見るような内容も思い出せない夢ではなく、懐かしい、父との最後の記憶。















『じゃあ父さん先に行くからな』

『はーい』


キッチンで洗い物をしていた俺は父さんの声に玄関まで向かった。

父さんは俺の頭を撫でると、毎日のように言っていることを口にする。


『知らない人に声を掛けられたら逃げる、家にあげてもいけないからね』


耳にタコが出来るほど聞かされた言葉も、今にして思えばそれ程大事にしてくれていたのだと分かる。

当時は、父さんは心配性だなと半ば呆れていたけれど。


『父さん、僕もうすぐ六年生だよ?分かってるって』

『確認だよ。あ、あと今日は昼間から雨が降るみたいだから傘持っていきなさい』

『はいはい!ほら遅刻しちゃうよ!』


俺がが時計を指差せば、父さんは慌てて靴を履きドアを開けた。

毎日玄関でこのやりとりをするから、いつも時間がぎりぎりになってたな……。


『連里、いってきます』

『いってらっしゃい、父さん』


挨拶を交わすと、父さんは駆け足で家を出た。俺は笑顔のままドアが閉まるまで手を振って父さんを見送っていた。














「……今日もか」


目覚ましの音で目を覚ましても、夢の内容ははっきり覚えている。

あの日の夜、父さんは事故で死んだと聞かされているけれど俺自身の記憶はない。龍治さんはショックが大きすぎて忘れてしまったと言っていたが……。


にしてもなぜ今頃あの時の夢など見るのか。


「……まぁ、考えても仕方がないか」


今日は文化祭の前日だ。明日売るカステラも大量に作らなくてはいけないし、非常に嫌な衣装の試着もある。夢の意味など考えるだけ時間の無駄だ。


そう気分を切り替えると、顔を洗いに部屋を出た。

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あきゅろす。
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