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六天ニ散リユク花
覚醒-瑛蘭-
 漂う空気が湿り気を帯びて、特有のにおいがする。夜の光は洞の奥までは届かず、故、瑛蘭は、目覚めとともに何かで強かに頭を打ち付けた。
チッ、とひとつ舌打ちをし、手探りで、火打石をとる。
地ざらしの壁面に等間隔で取り付けられた燭台の一つに、灯りをともすと、静まり返った闇の中に、ぼんやりと物の陰影が刻まれ始めた。
「…………」
 どうやら、あまりにも長く眠り過ぎていたようだ。風雨にさらされ、手入れをされることもなく、放置されていた洞は、かつてここで生活していた者のあることなど、すっかり忘れ果ててしまったように、ひんやりと沈黙している。
 瑛蘭は、その銀色に光る瞳で、注意深く周囲を見渡した。
足もとに転がっている、朱色の杯を拾い上げる。どうやら、ここは、かつて主とともに酒を酌み交わした、宴の間のようだ。
「……西海波」
 囁くように呟くと、彼の手の中の杯が、微かに震えた。
 こぽ……、と、小さな水音が、わく。
 豊潤な香りを含ませ、澄んだ液体が、緩やかに、酒杯を満たしていった。
 仙界の知識と技術を凝縮させて作り上げられた、神秘の道具を指して、宝貝と呼ぶ。
 この杯――西海波――もそのひとつ。望めば、自ずと、酒が湧く。
 こんこんと湧き出る酒を一息に干し、瑛蘭は、背の低い卓の上に、静かに、この宝貝を戻した。
「どうやら……目覚めたのは、まだ、俺だけのようだな」
 瑛蘭の瞳が、呟きに合わせて、不穏の色に、光る――。


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