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アイクとマルスのおはなし
淡白なそれ
マスターから招集で宿舎最上階のマスターの部屋に集合するのは、久しぶりである。
前の集合から物理的な時間はあまり経ってないけれど、メンバーの入れ替わりに際しての大掃除の手伝いや荷物の運び出しをしていたら、あっという間に時間が過ぎていた。
残された者、去った者。
両者にいろんな思いもあったけれど、人にはそれぞれ事情がある。
去った者と今生の別れをしたわけではなく、遊びにだって手伝いにだってきてくれる。
だから号泣するほど悲しくはなかったけれど、やはり宿舎を去る人間を見送る時は皆涙が滲んだ。

別れからひと月。
ようやく宿舎に落ち着きが戻ってきた。
宿舎裏の庭と言う名の野原に散る戦士。
鬼ごっこをする子ども達。
花壇の手入れをする女性陣。
小川で肩を並べて釣りをするオヤジ集団。
そして野原の真ん中にそびえ立つ大樹の根元に腰掛ける二つの影。
「こんなもんかなぁ。」
ひたすらマスターソードの手入れをしていたリンクが、はぁーっ!と息をついてマスターを掲げた。
「どう?綺麗になったでしょ?」
リンクに話しかけられ、彼は読みかけの本からリンクが磨き上げたマスターソードに視線を移した。
「綺麗になったね。僕も新しい人が来るまでに手入れしとかなきゃ。手合わせもしとかないといけないね。負けちゃう。」
マルスの柔らなか笑みに、リンクの表情も自然と緩んだ。



マスターからの呼び出しで部屋に行けば、昼前の11時に食堂に全員集合するようにとの話だった。
ついに新たなメンバーが入るらしい。
昼食を摂りながら新たなメンバーの紹介をするとのことだった。
昼食当番以外は解散して集合時間になるまでの間、各自部屋で戦闘着に着替えた。
普段は私服でうろつく宿舎内を戦闘着で歩き回るのは、なんだか気持ち悪い。
しかしマスターからの言いつけに背くわけにもいかないから、準備を済ませた者から食堂へと向かった。
いささかすきすきになってしまった食堂の長机。
各々自分の席に着席し、空いた席を眺める。
つい最近までそこにいた旧メンバーの席の空白が、戦士達の心に寂しさの風を吹かせる。
それにしても空席が多い。
居なくなった人数をはるかに超える空席数である。
いつもはないシンボルマークが各自の食卓スペースの右上に置いてある。
自分のシンボルマークが多いと自分の出演したゲームから選出者が増えるということになる。
マルスの席の隣にも空席があり、そしてシンボルマークも一つにある。
誰が来るのか知り合いの顔を思い巡らせるが、誰が来てもおかしくないから頭が混乱する。
ーやめよう…。
もしかしたらシークレットで入れ替わりで去っていった彼が戻ってくるかもしれないと、妙な期待感を抱いた自分に嫌気がさした。

昼食当番の者も交代で着替えを済ませたのだろう。大体全員が乱闘時に着用する戦闘着を身につけている。
ファルコのみジーパンにTシャツというラフなスタイルだが、彼は尋常でなく早着替えが得意だから問題ない。
集合時間が迫ってきて、一気に全員で準備を終わらせて席についた。
ほどなくしてマスターからの放送が始まった。
『諸君!本日集まってもらったのは他でもない!新しいメンバーを紹介し、共に食事を交えながら交流を深める為だ!』
やはり新入りとの食事会らしい。
誰がくるのかと皆の期待が、嫌がおうにも高まる。
『さぁ!紹介しよう!まずは彼から!』
マスターの声のあと食堂のドアの向こうから現れた新人戦士たち。
トップバッターはマリオシリーズのワリオ。
次いでドンキーコングファミリーからディディーコング、ソニックシリーズからソニック・ザ・ヘッジホッグ、ピクミンシリーズからキャプテン・オリマー、メタルギアシリーズからソリッド・スネークと有名どころが次々と出てくる。
勝てるかの不安よりも、共に暮らす仲間として迎え入れる喜びの方が大きい。
他のゲームに出ている面々とこうしてひとつ屋根の下で暮らせるのは、ここでの最大の利点だろう。
『続いてmotherシリーズからリュカ!』
「リュカ?!」
マスターの声を聞いたネスが席から跳ね上がった。
「ネス!」
ドアの向かうから現れた金髪の少年に、ネスは飛びついた。
「知り合いみたいだな。」
ガノンドロフが呟けば、リンクが頷く。
「みたいだね。ネス嬉しそう。」
旧メンバーだった子リンクが抜けてしまい明らかにしょげていたネスの弾ける笑顔。
それを眺め柔らかな笑みを浮かべるリンクの頭に、ガノンドロフはそっと大きな掌を乗せた。
『続いてゼルダの伝説シリーズからトゥーンリンク!』
マスターの声を聞いて、ガノンドロフとリンクは目を合わせた。
「こんにちはー!」
こちらに手を振るトゥーンリンク。
「久しぶりーっ!」
リンクは勢い良く立ち上がり、小走りに出迎えに行く。
同じシリーズの仲間にいきなり再会できるのも、また利点。
ピカチュウにも、ポケモントレーナーやルカリオといった仲間が合流。
カービィにはデデデ大王とメタナイトが、フォックス達にはウルフが合流した。
「よう。久しぶりだなぁ、キツネ。」
ウルフの姿を見るなりフォックスはファルコの後ろに隠れてしまって。
ー弱肉強食…。
誰しもがそう感じずにはいられなかった。
会場が盛り上がり始めて、マスターの声が通りにくくなってきたとき。
「こーんにーちはーっ!」
初めて聞く声が食堂のドアの向かうから轟いた。
皆一斉にそちらを振り向くと、天使が1人満面の笑みでこちらに手を振っている。
「よろしくお願いしまーすっ!」
無邪気な笑顔の彼。
「ピットっていいます!仲良くしてくださいね!」
非常に人懐こい少年ピット。
全員に笑顔を振りまきながら握手をしていく。
純粋だからこそかわいい。
本物の天使である。
『さぁ、次で最後だ!最後を飾る男は…』
マスターの声はうっすらと全員の耳に入っていた。


『ファイアーエムブレムシリーズからの参戦!アイク!』


ファイアーエムブレムと聞いた途端に、全員の視線がマルスに集中した。
「えっ…、と…」
面識があるのが当然のような雰囲気になっているが、マルスとアイクは初対面。
シリーズが多い上に、ひとつひとつの話がそれなりに独立しているため、アイクと直接の面識はない。
「あの…」
はじめましてなんだよ。なんて言えるムードではない。
だが、いきなり友達みたいに親しくできるほどマルスは器用じゃなく、むしろ人見知りな分類だったりする。
アイクはまっすぐにマルスの方に歩き、とりあえず挨拶をとマルスは彼を見上げる。
だが彼は思いの外ガタイが良くて、目の前に来たら自分の体の大きさと違いすぎて一瞬怯んでしまって。
「あんたが先輩か。もっといかついやつかと思ってたが…。」

アイクの低い声。

大きな体からは威圧感もあるが

なぜだろう、温かさも感じた。



「きれいな顔だな。」



アイクの言ったことは、本来ならばマルスの癪に障るはずなのに。



「それはどうもありがとう。」



悪気がないからか、殺意が芽生えなかった。




これが二人の最初のやりとり。


淡白なそれは


まだ“好き”になる前の、ほんの少し前。





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