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アイクとマルスのおはなし
わからないから困ってる。

ファルコン・フライヤーは、やはり相当揺れた。
各機体のパイロットのみマスターから集合場所を伝えられているから、乗客はただ彼らに身を任せる他ない。
「うわぁーっ!はははっ!」
なぜだろう、行きより揺れる。
マルスはそれはそれは楽しそうにしているが、隣のアイクは案の定酔ってしまっていて。
「あ゙ー…。」
声もまともにでない。
目を閉じて天を仰ぎ、グラングランと勢いよく傾く機体に身を任せる他ない。
「アイク〜!わぁーっ!」
大はしゃぎのマルス。
「あ゙〜っ…」
アイクは唸るだけで手一杯である。
「吐くならゴミ袋に吐けよ!」
運転しながら後ろの二人に親指を突き立てるファルコン。
マルスが楽しそうなのはいいが、アイクとしてはタブー討伐よりも過酷な物があった。

揺られ続けて20分。
意地で吐かなかった。
地上に降りたら足元が覚束ず、立ち上がれないまま四つん這いがせいぜいだった。
「なんだ、酔ったのか。まぁ酔うよな、わかるわかるぞ。」
ガノンドロフは豪快に笑ってアイクを肩に担ぎあげる。
「腹を…圧迫しないでくれ…。」
運んでもらえるのは嬉しいが、これでは危ない。
危険すぎる。
油断したら吐きかねない。
「なんだ?お気に召さないか?」
そう言いガノンドロフはだき抱え方を変えた。
「これでどうだ!」
「やめてくれ。」
お姫様だっこはアイクにはあまりにも似合わなすぎて、戦士達は声をあげて笑った。
ガノンドロフはアイクをおぶって、肩にトゥーンリンク、頭にピカチュウを乗せた状態になっいた。
『諸君!無事でなによりだ!宿舎に戻ってくるといい!』
空にマスターの声が轟き、皆光に包まれて宿舎のマスターの部屋に戻った。




アイクはそのままガノンドロフにマルスの部屋まで搬送された。
ベッドに寝転ぶより床に正座の方が落ち着く。
項垂れたまま、アイクはマントのみ脱ぎ捨てた。
「…もうあれには乗らない。」
いつぞや聞いたのと同じことを言う。
「ごめん。僕が変なこと言ったから…。」
マルスはしゅんとした。
「時期治る。気にするな。先に着替えててくれ。」
なんだかんだ言いながらも、降りたての頃よりはマシになってきた。
だが今しばらくそっとしておいて欲しい。
アイクはできる限り優しくマルスを遠ざけた。


30分ほどしてようやく吐き気が治まった。
着替えようとアイクは座ったまま服を脱ぎ始めたが、あまりに唐突すぎてマルスが焦る。
「わっわっ、ちょっと、着替えるから言ってよ!着替え出さなきゃ!」
読んでいた本をベッドに置いて、急いでアイクの着替えを準備し始めた。
アイクのタンスを物色するが、なぜか長袖が見当たらない。
「長袖は?」
「ない。」
「ない?!」
アイクの即答にマルスは耳を疑った。
長袖がないという選択肢が存在するとは、マルスの選択肢には存在していなかったのだ。
「…ないってちょっとっ、どうしよう…。」
まさかの返答に困り果てる。
「適当でいい。特に寒くもないし、死ぬわけでもないだろう。」
よっこらせと立ち上がりマルスの方を振り向くと、困ったを通り越して泣きそうになっているマルスがいた。
「…なんでそんなに焦ってるんだ。」
マルスにふりかかっているなにかが、全く理解できない。
「だって、」
「なんだ。」
マルスの顔を見ていると、なんだかざわざわする。
「あのっ…」
迫ってきたアイクを拒めない。
「アイ」
「しゃべるな。」
この気持ちの正体なんて、今のアイクにとってはどうでもいい。
本能で、アイクのからだは先に動いていた。


アイクはマルスを強く抱き込んだ。


「だめ…、」

「なにがだ。」

「君は…、仲間っ、だから…」

「…。」

仲間。
はたしてそうなのか。
自分にもたくさんの仲間がいる。

だが

違う。
わからない。
この感情がわからない。

「すまない。すぐ戻る。」
アイクはそう告げて、マルスを部屋に残して出た。



ーアイク…



マルスは深いため息をついて、滲む感情と降りかかる過去に涙が止まらなかった。





勢いのまま飛び出したから、上半身裸で下は戦闘着のままという不思議な格好のアイク。
どこに行くわけでもなく半ば俯き気味にずんずんと廊下を歩いていけば。

正面にいまガノンドロフには気づかなくて。

ガノンドロフの背中に思い切りぶつかった。

「すまない。」
見上げた大男が振り向き、その奥から顔を出したのは。
「あれーっ?君はたしか…、アイク?」
リンクだった。
にこりと笑うリンクは、私服だと少し大人びて見える。
「悩み事?」
すんなり見抜かれアイクの腹の底。
「…。」
認めざるを得なかった。



ガノンドロフとリンクとに招かれるまま、二人の部屋へと引きずり込まれた。
「座って座って〜。ごめんね、立て込んでて。」
生活感のある、適度に散らかった部屋。
これが本来の男の部屋なのだろう。
「ガノさーん!アイクにシャツ貸してあげて〜!」
バタバタとお茶の準備をするリンク。
「ちょっとまってろよ〜。サイズかなぁ…。俺とリンクを足して割ったくらいだろ〜?」
わさわさとタンスを漁るガノンドロフ。
「机出してーっ!」
「待て待て!まだ服の準備がな、」
全く落ち着きのない2人。
「あの… 」
お構いなくと言いたいが、アイクの話なんか聞いていない。
ーなんなんだ…。
親切ではあるが少しばかり落ち着いてくれと、アイクは思った。


結局アイクはガノンドロフの長袖Tシャツを借りたが、言わずもがなぶかぶかだから、思い切り腕まくりをした。
机に緑茶にせんべいとアンパンが並ぶ。
「アンパン?」
お茶菓子の準備をしたリンクを見上げ、ガノンドロフが問けば、リンクはニコリと笑った。
「そう!俺が食べたかった!」
リンクの気分はアンパンだったのだ。
「まぁいい。で?何を悩んでるんだ?若僧。」
若僧。
ガノンドロフからしたらそうだろう。
アイクはふっと息をついて、今までのマルスとの事を二人に話した。
今の自分の中にある、得体の知れないもやもやしたなにか。
マルスを抱きしめたこと。

マルスに“仲間”だと言われたこと。

それを聞いて、二人は顔を顔を見合わせた。
「んーとね…、アイク。」
リンクは頭を抱えた。
なにから話せばいいだろうか。
話さなければならないことはたくさんあるが、そもそも確認しなければならないことがある。
回りくどい聞き方をしたところで、時間の無駄。
リンクは単刀直入に核心をつく。

「恋したことってある?」

アイクはきょとんとしていた。
「ない。」
今までそれに興味すらなかった。
「だろうね。」
アイクの答えに、リンクは苦笑した。
「若僧。お前はな、恋してんだよ。」
ガノンドロフの言っていることの意味がわからず、アイクは小首を傾げた。
「俺が?誰にだ。」
鈍感極まりないアイクの問に、ガノンドロフも苦笑する。

「マルスにだろ。」

ガノンドロフに言われてたことを、まるで他人事のようにしかアイクは受け止められなかった。
ガノンドロフもリンクも、少々困って顔を見合わせる。
「んー、じゃあねアイク、もしもだよ?もしもマルスが困ってたらさ、アイクならどうする?」
リンクの問いかけに、アイクはすぐに答えを出した。
「何を悩んでるのかきくだろうな、おそらく。」
「それは誰でも?」
「まぁ…。」
困った。
質問を変えるべく、次はガノンドロフが口を開いた。
「じゃあマルスが誰かと特別に仲良くしてればどうだ?」
「構わない。仲がいいんだろうと思う。」
「そいつにニコニコしてるんだぞ?」
「それは困る。」
「なんでだ?」
「…。」
即答した割には理由となるとアイクは口を噤んだ。
「なんでだ?理由なんかないか?」
ガノンドロフが意地悪く問いかける。
「わからない。それがわからないから困ってるんだ。」
戸惑いよりも困惑が強い。
今まで懐かなかった感情なだけに、アイク自身手に負えないのだ。



「小僧、よく覚えとけ。それが“恋”なんだ。自分以外の人間に笑ってほしくない。裏を返せば自分にだけ笑ってて欲しい。それはな、お前の中にある潜在的な独占欲だ。」



ガノンドロフの指すそれ。
言われてみればそうなのかもしれないが、やはりイマイチうちに響いてはこなかった。
それを加味した上で、リンクはアイクに言った。
「ドキドキしたり心配したり、それでも一緒にいたいって思うのは好きだからなんだよ。」
一緒にいたい。
今まであまり考えていなかった。
多分それは、マルスから完全に離れることがなかったからだろう。
待っていれば、そのうちマルスは自分の元に帰ってくる。
部屋も同じだし、タブー戦が終わったあともマルスから
「ただいま」
とアイクの元に帰ってきた。
それがほかの人間にとなると、アイクの心はみるみる焦りはじめるのをアイク自身が感じた。
ーこれが独占欲ってやつなのか…。
恋心はわからないにしても、独占欲には合点がいった。
「それでねアイク、マルスなんだけど…。」
リンクは話しづらそうに続ける。
「君に“仲間”って言ったのにはね、理由があるんだ。」
戦士たちにとってもあれは苦い思い出だった。


「戦士だったマルスの大事な人が、ひどいケガを負ったんだ。マルスの目の前で。だから戦士と戦士以上の関係になるのが、とにかく怖いんだよ。」


悲惨な事故だった。
あの時のマルスは、見るに堪えない位に憔悴しきっていた。

マルスの過去。

それはもう変えられたい。
キズが治るわけじゃない。


でも



癒すことなら
できる。


「じゃあ俺が怪我をしないくらい強くなればいいんだな。」
アイクに諦めるという選択肢はなかった。
「…」
ガノンドロフとリンクはまた顔を見合わせ、苦く笑った。
「応援してる。なにかあったらまた話に来るといい。」
そういい、ガノンドロフとリンクはアイクを送り出した。







部屋の鍵は開いていた。
ドアを開けたらベッドサイドにぺたんと座って、ベッドに突っ伏したままマルスは寝ていた。
連戦で疲れたのだろうと、アイクはそっとマルスのもとに歩み寄る。
顔の傷は傷口が塞がってきていて一安心だが、それよりもアイクの目を奪ったモノがある。

マルスが大事そうに抱え込んでいた写真立て。
そこに写っていたのは、マルスと赤い髪の少年。

笑顔の二人の写真の上に落ちていた



マルスの涙。



「すまなかった。」
眠りについたマルスから溢れた涙を、アイクはそっと拭った。

寝顔も涙も初めて見る。

申し訳ないと思いながらも


マルスの涙にさえ、美しさを感じるアイクがいる。





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