短編集 翠星のアイドルX 「ふわぁ……」 目覚めたボーカロイドが第一に何をするのか気になったところ、それは欠伸だった。ズっこけそうになる。 「むにゃむにゃ……」 英雄らしいボーカロイドは酷く眠そうだった。 「凄い凄い。バチ君。ボーカロイド起きたよ」 「あ、あぁ、そうすね」 と、エレナさんは凄く目をキラキラさせて輝いていた。あ、ボーカロイドがこっちを見た。 「ま、マスター……?」 「え……?」 どう見ても俺を見てる。ような気がする。試しに右に移動すると、視線が同じ様についてくる。左に移動しても、同じ様についてくる。 「……!?」 目覚めたボーカロイドは突然消えたかと思うと、俺に抱きついてきた。 「マスター私です。ミクです」 「ん? えっと、おはよう?」 「あ〜何ですかそれ。私、ず〜っと待ってたんですから」 少し頬を膨らませるものの、本当に嬉しそうに俺の体に頬擦りなんてしてる。何これ。めちゃくちゃ可愛い。 「エレナさん、どうなってんですか」 「さぁ?」 さぁじゃねぇ! 笑って肩を上げてジェスチャーしても許されると夢々思うなよ! 「ボス、何ですかあれは?」 「俺が知るか。よく分からん。だが察するにアンドロイドのようだ。そしてなんてプリチーなんだ」 「ぼ、ボス……!?」 「お前ら、俺の庭にあるものは誰のものか言ってみろ」 「そ、それはボスのものです!!」 「その通り。つまりあの麗しきアンドロイドも俺のもんだ。行けお前ら」 「オオォォオ!?」 ボーカロイドは離そうとしてくれそうにない。とはいえ、こんなに嬉しそうにしているのに、無理矢理引き剥がすのは気が引ける。俺も離れたくない。そんな悩みに悩んでところ、マクロと名乗った奴とその連中が攻めて来た。 「ちょ……」 「バチ君どうかにして」 どうにかと言われてもどうしようもない。第一ボーカロイドに抱きつかれてるし。 「ぐはっ!?」 そんな折、我先にと向かってきた部下の一人が飛んだ。文字通り宙に浮いていたのだ。そいつは一番向こうの壁に叩きつけられて、倒れたまま動かなかった。 「え?」 全員が動揺した。人一人が、何十メートルもの距離を飛んだのだ。それに加え、飛ばしたのは外見可愛らしい女の子であるボーカロイドだった。 「マスターを傷付けることは許さないから」 目が据わってらっしゃる。可愛らしい外見の少女はその実かなり強い。さすがアンドロイド。いや、ボーカロイド。 「まだ来るというなら、みっくみくにしてあげるけど?」 「ぐっ……怯むな。行けお前ら」 「オォオォ!?」 その多勢に無勢の様子だが、目の前の光景はその結果を覆した。男たちはレーザー銃やセイバーを武器に戦うのに対し、ボーカロイドは素手だった。 「くそっ!」 セイバーをいくら振っても斬られることはなく、レーザー銃をいくら撃っても当たることはない。その研き抜かれたスピードが、敵を一人、また一人と倒してゆく。 その動きにまた見とれてしまう。舞うように避わし、華麗な足技を操り、パンチの威力は凄まじいほどに敵を沈める。いったい何処を批判出来るだろうか。あっという間に、その小さな戦場という名のステージに立つのは、ボーカロイド一人だけだった。 「ぐ……ぬっ」 「どうするの?」 追い詰められたマクロは顔を歪めている。自分の選択すべき解答に悩んでいるようだ。 「……み」 そして答えを弾き出す。 「……みっくみくにしてくださ〜い……げぶぅっ!」 最悪の解答だった。ボーカロイドは飛び付いてきたマクロの顔を踏ん付けて撃退した。 「あの、エレナさん?」 「何?」 「これはどういうコトですか?」 俺とエレナさんは意外にも、何もされず無事だったバイクで帰ることにした。 あのあと、急に倒れてしまったボーカロイドも一緒にだ。本来エレナさんが乗る側車にボーカロイドを寝かせて、俺の後ろにエレナさんが乗るという構図だ。 「だってね〜、その娘がバチ君と一緒がいいみたいだし? 気を失ったともマスターって呟いてたしね」 「それ俺じゃないですよ。つかエレナさんも分かってるでしょ? 絶対この娘、誰かと勘違いしてる気が……」 「その時はその時よ」 はぁ……。嫌な予感しかしない。そしてその予感は、思ったより早すぎるくらいに的中することになるのだった。 [*前へ][次へ#] |