短編集 彼女はサンタクロース?]T 「ユイ!?」 ユイの姿が透けて見えた。目の錯覚じゃなかった。別れの時なんだと思う。覚悟したはずだ。公園でも決めたはずだ。でも、それでも……。 「やっぱり無理だ。好きなんだよ。ユイと離れたくない。短すぎるんだよ。急に現れて、急に消えるなんてずるいだろ!」 縋(すが)るように俺は彼女を抱き締めた。いつの間にか、ユイはサンタクロースの姿だった。 「……」 「なぁ、やっぱユイがいなくなることないだろ。ずっといろよ。いたらいいだろ」 「……」 「何で……黙ってんだよ。何か言ってくれよ。声、聞かせてくれよ……」 それまで黙ってユイが口を開いた。唇は震えていた。頬を涙が伝っていた。 「……誠一君。無茶、言わないでよ……」 「ユイ……!?」 「私も、誠一君が大好きだよ。ありがとう、さよなら……」 それがユイの最後の言葉だった。彼女はもう、消えてしまった。抱き締めていたはずなのに、この腕には何もない。 カンッと音が響いた。それはさっき買ったばかりの、ペアリングの片割れだった。 「ユイ、忘れていくなよ……」 俺はユイの指輪を拾った。掌に乗せて指輪を眺める。 「ユイ、ユイ……ユイ……ぅあぁあ…あぁああぁあーー!?」 泣いた。随分と久し振りに泣いた。失って初めてわかるなんてよく言ったものだ。こんなにつらいなんて思わなかった。 大学が冬休みに入った。ちょうど良かったと思う。何にもやる気が起きない。家に篭りっぱなしだった。気に掛けてくれた仲村や西岡の誘いも、全部断った。 ユイが消えてから数日過ぎた。忘れるなんて出来ないし、そんな気は毛頭ない。 年末に差し掛かり、去年までなら帰郷の準備とか色々忙しいはずだったのに、俺は何にも手をつけていなかった。 昼近くになっても、布団から出る気にはなれない。自分でも分かってる。こんな生活は何の意味もない。下手すれば、ユイに笑われるかもしれない。でも、俺にはどうすればいいか分からなかった。 「くそっ!?」 うずくまる布団の中、寝返りをした時だ。 「誠一君……」 「…!?」 布団を跳ねのけて、起き上がる。聞こえた。確かに聞こえた。聞き間違えるはずがない。ユイだ。 急がないと。何を思ったのか、自分でも分からない。でも確かに聞こえたんだ。ユイだという確信があった。防寒だけをしっかり着込んで、俺は外へ飛び出した。 走り出してから気付く。自分が一体何処に向かっているのか。あの日、ユイを見付けた公園だった。 「ハァ、ハァ……」 せめて自転車くらい直しとけば良かったと自分を呪った。けど今はもう走るしかない。少しでも速く、より早く、俺は足を動かした。 公園に到着して膝を折る。此処に違いないんだ。あとはこの広い公園のどっかに……。 限界に来ていた体が悲鳴を上げる。それでも俺は、必死に見渡して探す。 「もっと奥か」 近くには見当たらない。ならと、少し休めた体を無理矢理動かす。中央の広場にもいない。ベンチにもいない。 さっきのは俺の幻聴だったのか。焦燥感に駆られた俺は内心自分を嘲笑った。いよいよ自分がやばいところまで来ているのかもしれない。そんな時、噴水のとこに人影が見えた。 まさか……。いや遠くではあるが、きっと間違いない。 「ユイ……?」 「……誠一、君?」 既に時期は終わったというのに、ユイはサンタクロースの格好をしていた。 「……なん、だよ。帰って……きたのか」 変わってない。ユイに会えただけで嬉し涙が出てきた。俺はぎゅっとユイを抱き締めた。 「痛いよ、誠一君。帰ってきたんじゃなくて、勘当されちゃって……」 「は? 勘当?」 一体どういうことなのか。俺はユイの両肩に手を置いてその先を促した。 「うん……。お祖父ちゃんに言われたの。あの様は何なんだ。一番の望みをそれとなく贈るはずが、言わせてどういうつもりだ。お前はしばらくそっちで修業しろって……」 「サンタクロースのじいさんってけっこうスパルタなのか?」 「分かんない。いつもは優しいのに。とりあえずゆっくりでいいから、当分の間そっちにいろってさ」 「ははっ……」 俺は嬉しくなった。俺の望みが叶ったんだ。存在さえ疑ってたサンタクロースに、幼少の頃のように俺は感謝しまくった。 「なに笑ってんの? 私勘当されたのに!?」 ユイはむぅと頬を膨らませていた。 「悪い悪い。けど俺は嬉しいぞ。ユイは、嬉しくなかったか?」 「……まぁ、嬉しいけど」 赤くなりながらユイは言った。こういう仕草が可愛いのは相変わらずだった。 「あとほら忘れ物だ」 「あ……。うん、ごめん」 ユイの薬指にリングを填める。蒼く光るペアリングだ。俺も自分の指に嵌めて、お互いに見せ合いっこした。 「よし、んじゃ何か食いに行くか」 「わわっ、痛いよ誠一君」 構わず俺はユイの手を引いた。もう絶対に、離したくなかったから。 俺と、サンタクロースを目指すユイの奇妙な生活は、これからも続いていく。 [*前へ] |