サイバーブレイク
プロローグ
例えばこんなことを考えたことはないだろうか。
夢中になってプレイしたゲーム。主人公みたいに特殊な能力を手にしたい。単純に身体能力でもスポーツに生かせれば、それだけでもヒーローになれるだろう。それこそ炎やら雷なんか生み出した時には、厨二病の心が擽られる。また、アイテムを買う為にかき集めた資金を現実でも使ってみたい。そんなことが可能なら、まず働かなくて良い。わざわざ社会に出なくても、せっせとモンスターでも適当に倒していけばいい。なんて楽なことだろう。あとはやはり、可愛いヒロインに好意を寄せられたい。三次元の女がどうとか言うつもりはないが、ゲームのほうが裏切られることはないし、好意そのものがステータスとなっているから分かりやすい。そして何より我儘じゃないし尽くしてくれる。最後はよくあるハッピーエンドのように、大団円を迎えたい。ゲームのように失敗しても、その都度やり直しが出来るとなれば、もはや言うことなしだ。多少の苦難が訪れようとも、必ずその先には幸せが約束されている。
夢のような、出来過ぎた話ではある。けれど、誰もが考えた筈だ。現実に疲弊して、磨耗して、絶望して。行き着いた先がゲームだった筈だ。
そんなゲームの世界に、憧れたことはないだろうか。少なくとも俺は、今だってそうだ。
何度目かになるが、今日はどうしようか。何事も準備が肝心であり、それを怠れば結果は生まれない。使い慣れた大剣もいいが、属性を考慮して双剣にするのもいいだろう。敵は素早い。防具は最低限にして、動きを制限しないものがいい。ブーツは風を纏えるものが最適だ。そういえば毒が付加される煙も吐くはずだ。となると、アクセサリーは毒除けの腕輪にしておこう。
体力は満タン。魔力もある。回復薬、薬草、魔法石と、アイテムも十分に持った。そろそろ行くとしよう。
俺は木造の部屋を出た。下宿先となるギルド内だ。階段を降りると、いつも通りにガヤガヤと人で賑わっていた。
「よ、エヴァル。今日は何狙いだ?」
屈強な剣闘士であるゴウセルが尋ねる。仲間内で酒盛りをやっているらしく、大層な飲みっぷりだ。
「深林の巨大亀さ」
「マジかよ。俺も行こうかな」
「既に顔が赤いから止めといたほうがいいな」
「いやいやまだまだ余裕だぜ」
そう言って立ち上がるが、多少ふらついていた。飲む分には問題ないだろうが、戦闘ともなればとてもじゃないが無理だろう。何か土産に持って帰るということで手打ちにして、俺は少々急ぐことにした。
「エヴァルの門出にカンパーイ」
「カンパーイ」
「土産期待してるぜ」
「分かった分かった」
気が良い奴らだが調子も良い奴らである。
外に出た街は静かなものである。広い街というのもあるが、郊外に位置するせいだろう。この「リッグル」は、緑に囲まれた自然豊かな街だ。煉瓦が敷き詰められて歩きやすいようになっているが、それでも緑に溢れていた。ふよふよと、花の精霊や水の精霊が浮いていて、楽しそうに、子供たちと追いかけっこをしていた。水のせせらぐ音と、小鳥の声も聞こえる。これから出発するには良い感じだった。
時間きっかりに赴く。その筈が、集合場所である噴水広場に到着すると、既に待ち合わせの相手は揃っていた。魔女を思わせる女魔道士、何故か必要以上にゴツい召喚士、スタンダードな勇者。竜騎士である俺を含めた四人が今回のパーティとなる。まぁいつものパーティだな。
「よぉ、今日遅かったなエヴァル」
「ちゃんと時間には間に合っている。お前らが早すぎるんだ」
ゴツい召喚士、バズが手を上げた。筋肉質で半裸に近い格好から、筋肉ネタ、開けちゃいけない扉ネタで弄られるキャラである。まぁ本人は気さくな奴だしノーマルっぽい。たぶん。
「来たんならいいよ。早く行こう。狩りたくてウズウズしてるんだから」
物騒なことを言う勇者。ちょくちょく危ぶまれる言動を繰り返す奴だが、それ以上に見張ってやらないといけない。正直このパーティで一番弱くて、下手すれば味方を攻撃してしまうというトラブルメーカーである。背もちっこいし。ていうかこいつ、また装備が適当すぎだ。
「ちょっと待てミルキ。お前また防具ねぇじゃねぇか。ちゃんと買っとけっつったろ。前みたいにすぐ死ぬぞ」
「はぁ? ちゃんと買ったし。今持ってるだろ」
「何でそんなボロボロなんだ。さてはまた金ケチっただろ。相変わらず剣は最高級なくせに、防具は最底辺選びやがって」
「……いいんだよ。俺の防具はエヴァルだからな」
「ふっざけんな。前みたいに俺を盾にしやがったら、お前から殺すからな」
俺が出来損ない勇者のミルキと言い争っていると、魔女っぽい格好をした魔導士テレサが宥めに入る。
「まぁ、まぁ。パーティ組むのに今から争ってどうすんの」
それは確かにそうだが、ちゃんと足並みは揃えてもらわなければ、出来るミッションも出来なくなる。最初が肝心なんだぞ。
「一応確認しとくけど、回復薬はあるんだろうな」
「あるよ」
ふんぞり返るミルキ。疑いを拭えない俺は、ミルキの持ち物を見せてもらう。俺はキレそうになった。
「何で一個しかねぇんだぁ!」
「い、いいだろ。あるにはあるんだから」
こいつ今から狩りに行く相手をわかってんのか。エービルの森にいるゴモドラスだぞ。それまでに雑魚は多いから、体力が絶対にそれまでに削られる。ゴモドラスも甲羅に入り込むから長期戦は必至だし、甲羅の中から出る何十本もの触手で、結構なダメージを受ける。俺なんか同じ回復薬三十個あるっつーの。本当は半分以下でいいんだが、一応だ。
「ほら俺のやるから。死にそうになったら使え」
「……おう」
他に言うことないのかこいつ。
「んじゃ今度こそいいか。毎回エヴァルのチェックが入るから時間かかるぜ」
バズはようやくだと属性付きの片手剣を腰に携える。どうやらミルキ以外は、ちゃんと装備出来ているようだ。
「俺だって言いたいわけじゃないんだぞ」
「分かってる分かってる。んじゃ今日も頼りにしてるぜリーダー」
「もしメルネゼスの尻尾が出たら私に頂戴ね」
アイテム調合に使うつもりなのか、テレサはわりとマイペースだ。織り込み済みの実力があるからだろうけど。
「じゃあ行くぞ」
「待てぇ、俺がリーダーだぞ!」
一番弱い筈のミルキに向かって俺は叫んだ。緊張感が全くない。
けどまぁ戦闘が始まれば全員ちゃんとやるだろう。ミルキは心配だけど。
狙いはゴモドラス。いざエービルの森へ。俺たちパーティ一行は、危険地区へと足を踏み入れた。
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