[携帯モード] [URL送信]

黒を司る処刑人
1:つかの間の休息[
 ふふっと笑いを溢したあと、メリーはフワリと身を浮かばせた。そしてスカートの端を両手で摘(つま)む。時が静止した異常な街並みの中、メリーは深くお辞儀をした。礼儀正しく振る舞った姿は、まるで高貴な人間だった。

「光栄ね。私を知っているなんて。まさか手のうちまでご存知なのかしら」
「いや。所詮魔界で飛び交うもんだ。手のうちを晒しているくらいなら、お前はとっくに死んでるはずだからな。知ってるのは、人形という姿形と、消し去るということだけだ」

 相手の力量も分からない。それは知っているよりも、明らかに分が悪い。そのはずなのに、ギルは笑っている。余裕だと叩き付けているようだ。一方、メリーも笑みを絶やすことがない。もしかしたらメリーは、ギルの力量を知っているのかもしれない。あの黒い炎のことも。

「ふぅん。それは良かったわ。まだまだ殺されるなんてまっぴら。もちろん殺すことも嫌だけど」
「珍しい奴だな。自分以外の敵を搾取することを楽しむ奴が大半だというのにな」
「そうね。野蛮なものたちが多くて困るわ。処刑人の貴方はどっちかしらね」

 口元に手をもってきて上品に笑いを溢す。愉快に笑っているその姿だけでは、悪意は感じられない。殺すつもりがないなら、何をしに来たんだろう。

「殺すのが目的じゃないなら、何しに来た?」

 ギルも同じ疑問を持っていたらしい。依然両手とも、ズボンのポケットに手を入れたままで、余裕を見せてはいたが、気にくわなさそうだ。メリーはそれにしれっと答えた。

「別の目的のため。今回はそのための敵情視察ってやつかしら。騒がれている紗希って人間と、処刑人に会いにね」
「つまり戦う気はないってことか」
「そうね。今回はこのまま帰り……」

 メリーが言い終わらない内に、ギルが消える。

「このまま逃がすと思うのかよ」
「……!?」



§



 ギルは背後から仕掛ける。首を狙った。が、貫いた手は空中をさ迷っただけだった。ギルが外したのだ。

「なんて好戦的。少しは落ち着いたら?」

 メリーは、見上げるほどの高さにまで浮上していた。手にはピンクの傘が握られている。メリーの大きさに合わせた小さい傘だ。柄が長いのと対比して、布の部分はさらに小さい。雨をしのぐものではなく、強い日射しを遮るものだろう。

「ふふっ、それともご希望通り遊んであげようかしら」

 メリーがパチンと指を鳴らした。すると、空に光がいくつか見えた。紗希は何なのか、目を細めて確かようとする。徐々にそれは、はっきりと見え始める。

「……!?」

 降ってきたのは雨でもなければ、雪でもない。刃物だ。各種それぞれ形が違う。槍のように長いものもあれば、ナイフのようなものもある。

(1、2、3、4、5……13か)

 それらを正確に確認し、剣の標的となっているギルは避わす。12本を正確に避わし切る。最後の長い剣は、避けて安全を図ったあと、手中に納めて大きく上から下に振り下ろす。地面で叩き折った。そして空にいるメリーに笑いかけた。

「終わりか?」
「素敵。でも貴方の攻撃は私には届かない。勝てるわけ……」

 ギルは登りつめる。地を蹴った跳躍力でも相当なものだが、メリーはさらに上にいた。ギルは電灯を踏み台にさらに跳ぶ。

「誰が、届かないだと?」

 メリーの高さを超え、上からの攻撃。伸ばした腕をなぎ払う。

「危ないじゃない。まともに受けることは無理そうね」
「ちっ……」

 高度を下げることでメリーは攻撃を避けていた。そのままある程度まで急行下し、落下するギルに急上昇して襲う。もちろんギルも大勢を整える。落下のスピードを味方につけて構えた。交わった瞬間、ギルの体勢が崩れた。

「ギル!?」

 紗希が叫ぶ。安否を確かめようとたまらず落下点に近付いた。ギルは最低限の体勢を保ち、足で着地する。が、胸には斬りつけられた痕がはっきりと現れていた。

「だ……大丈夫……?」
「バカみたい。飛行できる私に空中戦で勝てるわけ……」

 そう感想を漏らすメリーの言葉が途切れた。どうしたというのか、動きが止まったのだ。

「うそ……」

 やっと開いた口で呟いた。概要は、メリーがギルに向き直したとき、紗希にも理解出来た。顔の頬あたりに、切り傷があった。いや切り傷と呼べるものではない。割れたような感じで、血は流れていない。

「おしいな。かすった程度か」

 受けた傷は、比べるまでもなくギルの方が重い。だが、強がりなのかは定かではないが、ギルのほうが優勢のような物言いだ。

「……甘く見すぎていたかしら。まさか私が傷をつけられる、なんて!?」

 先ほどまでの余裕の笑みが失せていた。目をつけた人間である紗希が、逃げるなんてことがないように、最低限の注意は配っていた。しかし、それも今は無くなった。
 メリーは牙を向けた処刑人を視界に留め、大きく見開いた。

[前へ][次へ]

9/53ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!