黒を司る処刑人
1:つかの間の休息Y
「えぇ?」
優子と同時に驚きの声をあげてしまった。英語ならまだしも、いや英語でも私は多分読まない。なのに、フランス語の本を読んだというのか。
「そ、そんなに驚かなくても。そんなに私が本を読むのが珍しい?」
少したじろいだ後、加奈はむぅと顔をしかめていた。
「いやそっちじゃなくて、加奈ってフランス語読めるの?」
「えっとまぁ、少しなら……」
「ふはぁ〜」
優子と共に感嘆した声を漏らす。加奈が頭が良いのは知ってた。特に英語なんてめっぽう強い。困った箇所が浮上してきたら、優子も私も加奈を頼るくらいだ。まさかフランス語も解読できるなんて……。こんな身近に天才がいたとは。
「……て、天才は言い過ぎじゃない?」
こっちのほうが珍しかった。赤く熱(ほて)る頬を掻いて、視線を外していた。明らかに照れている。唐突に、パシャッという音が鳴った。まるでカメラのシャッター音である。いやまさにそれだった。
「……!?」
「加奈の珍しい照れてる顔収納〜」
優子が携帯を片手に笑っていた。携帯のカメラでさっきの加奈を撮ったことは一目瞭然だ。
「な、ちょっ、消しなさいよそれ」
加奈は慌てて優子の携帯に手を伸ばす。優子も俊敏な加奈の手の動きに慌てて、携帯を懐で守った。
「ダメだよ。ベストショットだし。ね、紗希」
「まぁ、確かにベストだったしね〜」
「紗希がそんなこと言うなんて」
何故かショックを受けていた。今日の加奈は少し面白いかも。
「加奈も反応可愛いよね」
なんて、携帯に撮ったピクチャを見ながら言ってみる。
「むぐ……」
と加奈は唸っていた。
本屋を出た後は目的を失ってしまう。
「どうしようか」
と、歩きながら相談する。再び服屋に行こうと案が出されたが、私は却下した。当然である。
「あ、そういえば猫はどうしてる?」
優子がふと尋ねる。動物好きの彼女としては、けっこう気にかけていたのかもしれない。
「う〜ん、朝の時は寝てるみたいだったけど」
さすがにもう起きてるだろうと思う。もしかしたら冊子のついた窓から外に出ているかもしれない。
「じゃあ今から紗希の家に行こっか。あの子がどんな調子か気になるし」
「う〜ん、そうね」
加奈も同意を示す。
「でも今はいないと思うけど。すぐ外出する子だから。また帰ってくるけど」
ということにしておこう。
「やっぱ外のほうがいいのかなぁ。猫は家にいるものだとばかり思ってたけど」
優子が空を仰いで思索している。その横で加奈が応えた。
「元野良だったから、自由の良さを知ってるのかもね。でも久々に紗希の家に行ってみたいかな」
「そんな久々だっけ。二週間前くらいにも来たんじゃない?」
「それは十分久々ですよ紗希さん。紗希さんの家は飽きないですからねぇ」
妙な敬語混じりで優子が言う。にやりと口元を緩ませながら。飽きないってのは素直に喜んでいいのか、何とも分からない。
「……むぅ」
「じゃ目的地も決まったし行こうか」
「あぁいや、やっぱそれは……」
と、危うくに流されそうになったところをなんとか押しとどめた。考えれば、神出鬼没なギルが家にいるかもしれないし、途中から来るかもしれない。
「え、何で?」
「部屋がちょっと片付けないといけないことになってるから」
「ふ〜ん、私は気にしないけど。むしろ荒らしたいし」
こ、この娘は……。さっきの可愛い反応は何処行ったのか。加奈はサラッととんでもないことを言う。
「私も気にしないけど」
と優子も同調していた。けど、私の都合上そうはいかないのだ。仕方なく代替案を提示してみる。
「んじゃ代わりにカラオケでもどう?」
「え? 今から?」
加奈が驚く。意外だったのかもしれない。
「今からでも歌えるって。久々でしょ」
「賛成」と優子。
「ここから遠いのに?」
「あ、えっと、最近近くにできたみたい」
優子が携帯を見ながら検索していた。この行動力は見習うところだと思う。それを聞くと、加奈も了承してくれたようだ。
「そうなの? ならまぁいいかな」
本当に久々だと思う。カラオケもそうだけど、ふと今日を振り返って思った。今までの日常に、まだ私がいることを実感出来た気がしたのだ。
歩いてみて十分ほど経った頃、カラオケに行き着いた。新しくできただけあってか、けっこう大きい。いつの間にかここにもあったのかと思うほどだ。一階に雑貨屋、二階にカラオケという造りになっていて、私達は階段を登り始める。上がってみると、カウンターが見えた。中は外から見たよりもさらに大きく思えた。奥行きの分が加算されたとみる。キョロキョロと私が見回している間に、加奈は慣れたように店員に声をかけていた。
「加奈って来たことあるの?」
「ここはないわよ。けどどこも一緒だしね」
堂々とした立ち振る舞いに感嘆する。私は慣れたところでないと、こうはいかないと思う。
「あれ、優子は?」
「え? さぁ……」
気付いた頃には、優子が何処かに消えていた。
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