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黒を司る処刑人
1:つかの間の休息Z
「優子〜」

 すぐさま呼んでみる。まさかとは思う。いったい何処に行ったんだろう。そう思ってると、ヒョッコリと通路の奥の角から顔を出した。

「あ、ごめん。ちょっと迷ってた」

 好奇心旺盛振りを優子は発揮していた。ホッと息をついていると、背後で声がした。

「はい。それじゃ部屋に行くよ」

 気付けばいつの間にか加奈が準備を終えていた。

「よ〜しそれじゃ歌いますか」

 優子の奮起を合図に、久々のカラオケ大会が始まった。

 三時間ほど歌い尽した。久々のせいか、少し衰えがあったように感じる。十分前だと知らせがあった後、歌い切るには十分な時間ではなくなった頃に私たちは、帰る準備を始めていた。

「さて、一番点数の低かった優子には何をしてもらおうか」

 加奈が愉しそうに溢す。歌う事前に、採点勝負をすることを決めていたのだ。言い出した優子が負けたのだから、皮肉なものである。

「うぅ〜、あと二点だったのに」
「二点でも負けだからね」

 あと二点で私と同点。さらにあと三点ならば、加奈の点数となる。二点の差は私にとってかなり危なかった。

「紗希にやらせようと思ったことあったのに」

 と、何やら気になる発言を優子がしていた。いったい何をさせるつもりだったのだろうか。とりあえず最下位にならなくて良かったと思う。カラオケ店を出ると日は暮れていて、暗くなり始めていた。

「さて、今日はもうお開きかな」
「楽しかったね〜」

 帰路を辿り、私達は家に帰っていく。明日からまた学校だった。そろそろテストのことも考えないといけない。勉強会の日程などを相談していた。


「ワタシ、メリー……」

 体が瞬時に強張った。今……、何か聞こえたような気がする。周りを見渡してみても、特に不審なことは何もない。
 もう今日という日が終わりそうで、早めに電灯が街を照らすなか、変わりない人の往来があるだけだった。仲良く歩くカップル、私達みたいにグループとなっている楽しそうな団体。仕事帰りと思える人もいる。車道を並ぶように走る車がさらに道を明るくさせている。何もない。変わったものなんか、何一つない。

「紗希どうしたの?」

 加奈が尋ねてくる。いきなり私が見回したので何かあるのかと、疑問を持ったんだろう。優子も気にかけたようで同じように立ち止まっていた。
「何かあった?」
「ううん……。何でもないよ。気のせいだったみたい」

 二人の質問に答えてまた歩き出す。大丈夫。ちょっと、今日は遊び疲れただけだ。

「イッショニ、アソビマショウカ……」
「……!?」

 いや、今度は確かに聞こえた。聴き間違いじゃ……ない。
 不吉な予感が沸き上がる。さっきまでの楽しかった余韻が、急激に冷めていく。まだ気のせいであってほしいと考える。だってまだ、私のそばには……加奈と優子がいるのに。

「あれ? 何か聞こえた?」

 優子も、何か気付いたらしい。だが、何なのかまでは流石に分からない。

「え、さぁ? 紗希は聞こえた?」
「え、いや何も……。あ、そうだ。私、用事思い出したから! ごめんまた学校で」
「え、紗希?」

 走り抜けた。離れないと。私が狙われているなら、私が離れないと。二人を巻き込むわけにはいかない。何処にかなんて決めてられない。せめて離れて……それで……。

「一人になって、それでどうするのかしら?」
「……!?」

 世界が改変した。周りにいる人たちはピタッと一斉に動きを止めていた。まるで、そう……人形のように。突如私の目の前に現れたのは、フランス人形だった。反射的に動きが麻痺する。周りの人と同じように動きが止まってしまった。

「誰も巻き込みたくないってこと? 優しいのね。人間ってのは皆そうなのかしらね」

 宙に浮いていた人形は、饒舌に話す。確認するまでもなく、確信できる。こんな不可思議な現象。魔界の住人だ。まだ暗がり程度だというのに、現れるなんて。私の顔を見て、なお嬉しそうに人形は話し続けた。

「あはっ! やっぱりもう気付いたかしら? 私が誰で、何の為に貴方に会いにきたのか」
「……私を、殺す……の?」
「ん〜? さぁね。私の気分次第、かなぁ? まずはお話しでもしましょうか?」
「え……?」

 話をしようと言う。今までは問答無用で殺されそうになったというのに。ブロンドヘアーで西洋風の人形は、ニッコリ微笑む。
 それがまた裏があるように思えてならない。助けを求めてギルとリアちゃんを連想してしまう。

「貴方に選ぶ権利はないでしょう? 私はただね、合理的にいきたいのよ」

 何処から出したのか、いつの間にか人形は小さなナイフを手に持つ。スッと流れるようにナイフを向けてきた。離れようとすると、綺麗な装飾を彩るナイフは私の首元に置かれる。人形が瞬時に私の後ろに回り、私の僅かな抵抗をも無に帰した。
 玩具のようにも思える小さなナイフだが、そんなはずはない。首筋に立てられた刃は、一筋の赤い血を流させた。
 動けない。ただ、いつ殺されてもおかしくないこの状況に恐怖するしかない。遅れてようやく認識出来たのか、汗が吹き出た。

「……ハ、ァ……」

 再び起こり得ないような危険にまみれている。私の日常は数日と持たなかった。

「分かってくれた? 大丈夫。今はまだ何もしないわ。他の人間のように空っぽにもしない。アナタには興味があるもの」
「え……?」
「……来たわね!」

 ナイフを納めると、いや正確には消えたようだ。人形は身を翻した。その視線の先に、荒く着地したギルがいた。

「ギル……!」
「やっぱり来た。処刑人も大変ね」
「お前、メリーか。噂は聞いてる。人形には気をつけろ。狙われると消されるってな」

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