[携帯モード] [URL送信]

黒を司る処刑人
【プロローグ】
闇が続く。あたりは既に暗くなっていて、人っ子一人見当たらない。
…そのはずだった。
「…くそっ!なんで俺が」
苦々しく文句を垂れている青年が一人いた。まだ若いはずが、顎に生やした無精髭が、いささか老けているようにも見える。短く切り揃えた髪は、上に跳ねていた。黒いスーツを着込み、手提げ鞄を所持している姿は、おそらくはサラリーマンか何かの者だと思われる。
「もう真っ暗じゃねぇか!くそ!」
彼は夜遅くまでかかるような仕事を、上司に押し付けられた。彼の仕事ぶりを見てそうしたのだろうが、彼にはいい迷惑となっていた。
「早く帰って風呂に入りてぇ」
風呂に入れば心が落ち着く。早く癒されたいと嘆いていた。その時だ。

「…私メリー。一緒に遊びましょうよ」
いきなり聞こえた声に彼はぎょっとした。見回してみても、まわりには自分以外には誰もいない。気のせいかと思い直す。

「…私メリー。あなたのお名前は?」
しかしまたも聞こえる。彼は声のする方を目で探った。
「これか…」
その正体はすぐにわかった。暗くて見づらいが、彼はすぐそばに、金網とコンクリートの塀で囲まれた、小さなゴミの収集場を見つけた。そこにチョコンとコンクリートを背に座っている小さな人形を目にする。

「私メリー。…とっても遊びたいの」

とても精巧に出来た人形だった。可愛らしい髪飾りから、ブロンドヘアーが垂れ下がっている。着込んだ紅い西洋風の服は、丁寧に再現されていた。表情は無表情だったが、人形とは思えない。まるで人のようだ。彼は素直にその精巧さに感嘆する。
しかし、随分と薄汚れていた。音声が内蔵されていることにも驚いたが、どうやら壊れているらしい。何かの拍子で再生したのだと思うが、止みそうになかった。

「私メリー。あなたのお名前は…?」
壊れて喋り続ける人形にいつまでも構ってなどいられない。彼は早く帰ろうとそのまま、歩を進めた。

「私メリー。一人は寂しいの…」
後方から聞こえる声を無視して進む。いくら精巧とはいえ、人形に興味はない。

「…!?」
ふと気付く。不自然だった。いくら進んでも、声が聞こえる。声が小さくなり、聞こえにくくなることもない。
「私メリー。一緒に遊びましょう…」
彼は恐怖を覚えた。声は小さくなるどころか、さらに大きく、はっきり聞こえてくる。離れているはずなのに、むしろ近付いているようだった。
「私メリー。あなたは…どこへ行くの」
段々、質問がおかしいことに気付く。子供が遊ぶときの音声じゃない。今まさに、自分に問掛けている。
「私メリー。逃げられると思ってるの…?一緒に遊びましょう…」
彼の中の警告がうるさく発令する。人形の声は、すぐそばにいるように声が近い。彼はもう、いてもたってもいられなくなり、走り出していた。
「私メリー。遊ぶのが嫌なの?」
近い。囁くように聞こえた。耳元で話し掛けられていたようだ。走っても走っても、振り抜くことができない。ヤバイと彼は確信していた。
「ハァ…嫌に決まっているだろ!」
彼はついに叫んだ。恐怖のあまり、声も体も震え、汗だくだ。

「そう…残念ね。でも…



 モウニガサナイ!」
フィルターがかかったように異質な声となる。それが合図かのように、彼は悲鳴をあげた。
「あぁぁああ……!」
彼は消えた。跡形もなく、遺したものはない。何かに吸い込まれたように。抵抗もなく、消えた。

「フフ…」
失笑が溢れた。彼が消え失せたはずの場所。何の変哲もない、住宅が並ぶ道路。そこに紅い西洋風の人形が浮いていた。
いやそれは人形の大きさなだけ。生きているかのように、空中を自由に動き回る。
「大丈夫。メリーは意味もなく殺さない。素敵な世界に連れてってあげるわ」
艶(つや)やかな声を響かせ、妖しく微笑むその表情は、見たものを震え上がらせるだろう。彼女は生きている人形だった。

今宵はいつもよりよく釣れる。素晴らしい夜となったと、彼女は嬉しくなっていた。

「私メリー…一緒に遊びましょう」


[次へ]

1/53ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!