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黒を司る処刑人
2:不穏[
「貴様か」

 ゆっくりとクランツは体を起こす。壁に預けていた体重を引き戻し、ギルと正面から対面する。

「どうせ魔界の住人のことだろ。隠さずに俺にも話せよ」
「何故、俺が貴様に話さなければならないんだ」
「紗希を護るために決まってるでしょ!」

 リアちゃんが執行者を良く思ってないのは知っている。でも、リアちゃんの吠えるような物言いは妙に思えた。何だろう。何だか余裕がないような、そんな感じだった。

「ここらに魔界の奴がうろついてんのは俺らも気付いてんだよ。だが妙だ。どっかにはいるだろうが、そのくせ全く動きがねぇ」
「……」
「お前はどうなんだよ。知ってるなら教えろ。今すぐに」

 笑みすら浮かべていたギルだが、徐々にその表情には変化が起こる。言葉の通りなら、気配みたいなものはあるものの、その尻尾を掴むことすらまだ出来ていないのだろう。イラついている様子がすぐに伺えた。

「一応、答えておいてやる。残念だが、俺も何も掴んでいないってのが返答だ」
「何だとっ」

 ギルは驚いた、というより疑っている様子だった。いや、もちろん驚愕の意味もあるだろうけど、クランツの返答を鵜呑みにはしていない。わざわざギルがそれを隠すはずもなく、あっさりと疑いを投げ掛ける。

「嘘じゃねぇだろうな」
「俺が、嘘をつくメリットがあるのか? それに、知っていたらすぐさま殺しに向かっている。こうして此処に来たのも、この娘が何か気付いてないか聞きに来たくらいだ」
「ちっ。じゃあ本当に何も掴んでねぇのかよ」

 とんだ無駄足だったなと、ギルは愚痴をこぼす。けど、「そう?」とリアちゃんが問い掛けた。

「確かに明確なものは掴んでないかもしれない。でも、他に何か気付いたことはあるかもしれないんじゃない?」
「仮にそうだとしても、俺は、魔界の住人と馴れ合うつもりは毛頭ない」

 それは、距離を置いた言葉だった。間違っても有り得ないと否定する強い言葉に感じた。クランツの中にある、魔界の住人への強い想い、そのものなんだろうと思う。

「何なら、貴様らから殺してもいいんだからな」
「こっちだって、執行者なんかと馴れ合うつもりはない。ただお互いの利益のために、取引してるだけだから」
「言うようになったな」

毅然とした態度で返すリアちゃんを、クランツは鼻で笑った。

「おかげさまで。それで、本当はいったい何を掴んだの? まさか執行者ともあろう者が、何も掴んでないわけないと思うけど」

リアちゃんの中では、クランツが情報を持っていると確信があるかのようだった。リアちゃんらしくない物言いに、遅れてようやく、皮肉を口にしているんだと気付く。

「そんな、安い挑発に乗ると思うか?」

 けど、クランツは冷静のままだった。敵意を露わにしつつも、感情に流されない。いや、むしろ敵意があるからこそかもしれない。

「簡単に話してくれるとは思ってなかったけど。でもその言い方、何か知っているのは確かみたいね」
「推察するのは勝手だが、本当に何も掴んでいない。先日、季節外れの雪が降ったのなら、恐らくは『氷魔の一族』だろう。なら、水辺周辺にでもいるだろうということだけだ」

 『氷魔』という聞き慣れない言葉と、水辺なんていう手掛かりがあったことに私は驚いた。何も掴んでないというわりには、今までよりはっきりとした手掛かりじゃないかと思う。

「水辺って何でまた?」
「一般的に氷魔、つまりは冷気を司る住人は、熱に弱い。今の日本の気候でも、コンディションは悪くなる。全く動けなくなるわけじゃないが、熱を凌ぐため基本的には水のあるところを根城にするはずだ」

 意外だった。まさか熱さに弱い魔界の住人がいるなんて。今まで出くわした魔界の住人を思い出すと、これといった弱みなんてなかったはずだ。

「それじゃ、今回の敵はそんなには強くないってこと?」
「その辺は微妙だな。むしろ万全ではないであろう状況で、天候を支配するなんてのは並の奴には出来ないはずだ」

 動きがない奇妙さに加えて、警戒した方が良いのは間違いないとクランツは言い切る。
 その後、それに……とギルを見やってから続けた。

「それに……何だよ」

 ギルも、その視線の動きに気付いたんだろうと思う。先を促されるものの、クランツはいや……と押し黙ってしまった。

 ギルとの対面のことを思うと、珍しいことである。売り言葉に買い言葉という感じが印象深いというのに、どうしたのか少し気になる。とっさに言葉を呑み込んだことを考えると、言わないほうが良いと判断したのかもしれない。

 ただ、それはあくまで私の感じ取ったことで確実ではないし、それ以上のことは分からないのだけれど。

「兎に角だ。水さえありゃ良いんだから、そんなもんこの辺には何処にでもあるんだ。んなことだけじゃあ見当もつかねーよ」

 結局は、そこからの進展がないということらしい。少しでも足しになればと、私が今日、友達の安否を確認しに行ったことを話した。

 ただそれも、無事であることは分かったし、魔界の住人に関わることでの参考にはなりそうにないようだ。何か他に、気付いたことがあれば連絡するという形でこの場はとりあえず解散となった。

 そのまま夜になっても、静かなものだった。ギルは気に食わないようだったけど、私としては何事もないのであればそれが一番良い。

 ただ後から思うと、この静けさは予兆なんだと分かる。何事もなかった妙な静寂は、次の日から徐々に崩れ始めていった。


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あきゅろす。
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