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黒を司る処刑人
2:不穏Z
「庵藤、もういいんじゃない?」
「何がいいんだ?」
「正直私は、狭山が元気でいるならそれでいいよ。嫌がってるのに、無理矢理ってのもその、気が引けるし」
「……だそうだが、お前はそれでいいのか」

 私の言葉を聞いて、私に対してではなく狭山に投げかける庵藤。

「何か事情があるんだろうけど、お前が俺や神崎に何か隠し事をしてるって事実は明白なわけだ。後ろめたいことだと思われても仕方ないこの状況でも、それでいいんだな?」

 もう引っ張り合うことはやめて、ただただ狭山は言葉を噛み締めるだけだ。ほんの数秒程、考えを巡らしたであろう時間が流れた後、狭山は意を決したようにゆっくりと口を開いた。

「……あぁ、僕は、それでいい。とにかく今は、それでいいから。今日は帰ってくれないか」
「そうか……、分かった。これ、今日のプリントだ。明日は来るんだろうな」

庵藤が扉の隙間からプリントを差し出す。

「いや、分からない。行けたら行くよ」

 コントにも思えたやりとりは、一転して重い空気へと変わってしまった。庵藤の中で、予想すらしてなかった言葉が返ってきたためか、やるせない気持ちになっているのが分かる。二人の会話の時も、この場を一緒に後にした庵藤にも、私はどう声を掛ければいいのか分からなかった。



「正直、どう思う?」
「え?」

マンションを出て駅に向かう途中、それまで黙ったままだった庵藤がふと口にした。

「狭山のこと?」
「ああ」

 とても短い返事だった。普段からあまりおしゃべりというわけではないものの、今はそれ以上に無口だと感じる。

「まあ、何か隠してるんだとは思うけど」

 もしかしたら、気遣うべきだったかもしれない。でも、狭山の様子から何かを隠しているのは明らかで、ここで変に取り繕うことは出来なかった。

「……だよなぁ」

 庵藤も、それを望んだわけじゃなかったと思う。納得はしてないが、何とか呑み込めたのか先程よりは空気が軽くなっている。少しだけ庵藤が先行していた為、表情は読めないものの、それは確かだった。

「あいつ昔から馬鹿正直なんだよ。こっちが何も聞いてないのに、こんな良いことがあっただ、悪いことがあっただってしゃべってくるんだ。まぁ今も変わらず、ずっとそうなんだけど。だから、あんなあいつは初めて見たと思う」
「うん。私も、今日初めて見た。でも、多分だけど、庵藤が心配するようなことはないと思う。根拠があるわけじゃないけど」
「まぁ、分かってんだけどなそれは」

 狭山との付き合いは、私なんかよりも庵藤の方がずっと長い。言われるまでもないと言いたげに、庵藤はひと呼吸置く間もないくらいの早さで、同意してくれた。

「あいつが犯罪めいたことをやってるとは思わない。ただまぁ、普通じゃなかったし。気になるのは確かだ」
「そうだね。ただ私としては、庵藤も意外だったなと思ったけどね」
「は? 俺?」

 意味が分からんと庵藤は勢いよく振り向く。困惑した顔がそこにあった。私が勝手にそう思っていたから、自覚がないのも仕方がないように思える。

「庵藤って思ったより、友達思いだよね」
「……は、はぁ!?」

 そんなに声を荒げることもないと思うけど。庵藤からしたら予想外なのか、失礼だと憤慨しているのか。いずれにしろより困惑してしまったようだ。

「別に、こんなの普通だろ」
「そうかな。まぁ大切な友達なら普通かもしれないけど、私はちゃんと心配してるんだなって見直したかな」
「いいや、違うね。あいつとは友達じゃなくて、ただの知り合いだ」
「え、えぇ? 照れなくてもいいのに」
「照れてない」

 何の強がりかは全く分からないけど、庵藤は認めたくないみたいだった。馬鹿にしてるとかじゃないのに。まぁ相変わらずと言えば、そうなんだけど。とりあえず私は、皮肉も込めて、日頃の仕返しもほんの少しだけ含めて、サッサと歩き始める背中に向かって言ってやった。

「この意地っ張り」



 狭山がいったい何を隠しているのか。随分と頑なだったし、気になるのは間違いない。でもそれに関しては、庵藤に任せようと思う。狭山の無事は確認出来たのだから、私としてはとりあえず満足ではある。

 それに何より、この街には既に魔界の住人が潜伏しているらしいのだから、そっちを何とかするのが先決だ。と言っても、どんな奴なのか。何処にいるのか。何をするつもりなのか。全く分からないときている。

 何をするつもりなのかに関しては、やはり存在を知ってしまっている私を殺しに来たのかしれないのだけど。



 庵藤と別れたあと家に帰れば、門の前にクランツがいた。現在この辺りを統治している執行者だ。ただ戦闘していた時とは違う、至って普通の服装をしていた。

 無機質なプリント入りの白シャツに、黒と灰色が混ざったようなパーカーを羽織っている。下は濃い青いジーンズに真っ黒い靴と、かなりカジュアルな感じで、新鮮ではあった。一瞬、誰か分からないくらいだ。

「帰ったか」
「あ、うん。えと、久しぶりかな。腕はもう大丈夫なの?」

 格好はいつもと違うものの、腕組みをして壁に寄りかかるその佇まいはクランツに違いない。

「ん、あぁ。問題ない。それより話がある。魔界の住人が潜伏しているんだが……」
「うん知ってる。メールも見たし」
「そうだったな。実は……」
「よう。待ち伏せしてどうしたよ」
「ギル」

 ダンッと勢いよく降り立ったのはギルだ。いったい何処から現れたのか、相変わらず分からない。そして、その後に続くように、リアちゃんも着地した。

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