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黒を司る処刑人
2:不穏Y
 ただ寝ているだけか。それとも何処か出掛けてしまっているのか。

「やっぱ出ないな。仕方ない」

 諦めて今回は帰るのか。中に入れないのでは確かに仕方ない。私の方の用件としては、非常に心許ない状況ではあるが、庵藤の手前、此処は一旦大人しく帰るべきだと思う。なのだけど、庵藤はきびすを返したりせずに自分の鞄を漁り始めた。

「な、何するつもりなの?」
「何をって。中に入るんだよ」

 さも当たり前のように庵藤は言いのける。何やら庵藤は丸く巻いた黒いものを取り出す。それをある程度広げると、ぎっしりと私には分からないものが中に差し込まれていた。いや、幾つかは分かる。ペンチだったり、ハサミだったり。庵藤が直ぐ様抜き取ったのは短い二本の針金だった。
 そして驚くことに、その針金を鍵穴へと突っ込んだのだ。神妙な顔つきで、庵藤はかちゃかちゃと音を立てる。余りに常軌を逸した行動に、私は一瞬途方に暮れるばかりだ。これはやはりピッキングと呼ばれるものだろう。鍵自体がなくとも鍵を開けてしまう、犯罪のテクニックである。

「ほら開いたぞ」
「えぇ?」

 止める間もなく庵藤はあっさりとこじ開けてしまったようだ。何という早業。というか何故手慣れているんだろう。

「何か犯罪じみたことでもやってた?」

 思ったままの疑問を私は口にする。するとどうだろう。庵藤は酷く心外だとでも言いたげに、驚いた表情になった。

「いきなり何なんだ。やってるわけないだろ」
「いやでも、そんなこと普通やらないっていうか、普通出来ないんだけど」

 そもそも家の主が不在かもしれない。その確認のためにじゃあ開けるかという発想もおかしいと思う。私の言い分に多少納得する所があったようで、少しだけ間を措いた。だけど、すぐに庵藤は取り繕う。

「まぁ、昔ちょっとな……」
「いやいや、そんなとこで濁さないでよ。余計気になるでしょ」

 いいだろその話はと、もうこれ以上話したくないのか、話を取りやめてしまう。正直それだけでは、こっちは全く分からないままだ。とりあえず開いたんだからと、庵藤は構うことなく扉を開けようとしている。
 
「でもこれって住居侵入だよね?」
「ん? あぁ。勝手に入るのはいつも通りだ。一階にある郵便受けに合鍵がいつもは入ってるからな」

 外出するしないにかかわらず合鍵はいつもあるはずだが、今日はなかったとのことだ。
 それって、事前に入れないように策を講じたってことなのかな。内心疑問に思いつつも、普段から入り慣れているなら、そこまで問題はないように思う。そう思って庵藤に続こうとした矢先だ。

「うおおおおおおっ!?」

 扉を開けた途端、悲鳴にも近い声が木霊した。それは部屋の住人である狭山に間違いはなく、その急な現れ方に私はびっくりしてしまう。その束の間に、狭山は中からドアノブを持って力いっぱい引っ張っていた。

「ストップストップッ!? 何でいきなり開いたんだよ!」

 鍵も開けてないはずなのにと、突然開かれた扉に酷い狼狽っぷりだった。

「え? 何で閉めるの?」
「いたなら何で出てこなかったんだ。つうか開けろ」

 一応元気そうではあるものの、様子が変(いつも以上に)であることは気掛かりだった。庵藤がドアを開けようとする一方、狭山は閉めようと互いに引っ張り合いになってしまっている。

「いや今はマズいんだ。ちょっと自分でもよく分からない状況にいるもんで、説明もどうしたらいいのか」
「それこそ意味が分からん。全然風邪じゃないみたいだし、学校を休む程だったのか」
「いや僕は健康そのものだけど、……じゃなくて、色々あるんだよ色々。とにかく今はホントに駄目だから閉めさせてよ。マジで」
「あのな。そんなんで納得すると思っているのか」
「マジ頼む。今だけは駄目だから。しかもサキリンも一緒なら絶対無理」
「私?」

 私がいるから余計に無理ってどういうことだろう。狭山がここまで頑なに嫌がるのも珍しいもので、一体中に何があるというのか。少しだけ、逆に私も興味が出てきてしまう。

「いいから、とにかく開けろ」
「嫌だね。絶対に開けるもんか」

 互いの力は拮抗しているらしく、ドアの動きは平行線だった。けどその扉にかかる力具合は相当なモノだと、たまに二人から漏れるうめき声から分かる。

「啓介!」
「な、何だよ!」

 庵藤があげた大声に狭山は少し萎縮したようだ。だけどすぐに、負けじと釣られたように声を張り上げて返答した。

「もう宿題みせてやらないぞ」
「俊樹、そういうのセコクない? 人の弱みに付け込むのはどうかと思うんだよね」
「さっさと開けないお前が悪いだろうが」

 何やら小さな交渉が私の目の前で繰り広げられていた。だが一向に進展する様子はなく、狭山の様子から、よっぽどのことだと推察される。

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