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黒を司る処刑人
2:不穏W
「確かに後を付けてたけど……。い、いつ気付いたの?」
「まぁ割と最初からだな」
「は?」
「いやだから、最初から」

 庵藤はしれっと言いのける。それがどうかしたかとでも言いたげな、きょとんとした表情はけっこう珍しいかもしれない。いやそれよりもだ。

「それって、電車に乗るよりも前?」
「学校出てからだな」
「はやっ!?」

 思わず突っ込んでしまったものの、いくら何でも早過ぎる。ただそうなると、うまくやっているつもりだったのが急に恥ずかしくなる。絶対にそれだけは、庵藤に知られるわけにはいかなかった。

「ほとんど確信はしてたけど、たまたまの可能性もあったから一応電車で折り返してみたんだ。その甲斐はあったみたいだしな。というか、俺が早く気付いたんじゃなくて、神崎の尾行が杜撰すぎたんだろ?」
「いや、庵藤が普通じゃないんだと思うけど」

 学校出てすぐというのなら、特に見失いかけたわけでもないし、慌てていたこともない。私が悪いみたいな言われようだが、庵藤の非凡さが原因だと思う。


「それより何でこんなことしたんだ?」

 庵藤は差し当たって気にした様子もなく、疑問を口にした。

「ちょっとね。狭山の家に行くって聞こえたから」

 その場にいても仕方ないので、移動しながら話を続けることとなる。
 少し見回すと、駅を降りた時にも見えた大きなショッピングモールが目に入った。その周りには、同様に高層な建造物が立ち並ぶ。ビルとまではいかないが、有名なチェーン店など、色んなお店がモールに負けないように階層ごとに展開されていた。そこから少し歩くと、住宅街となっているようだ。

「今日に限ってこんなことしたんだから、まぁそんなこったろうけど。……いや、それこそ何でだ?」
「え、あ……」

 異世界の住人が来ているかもしれなくて、急に連絡もなく休んだ狭山が無事か確認するため。とはまさか言えるわけがない。

「お、お見舞い……とか?」
「……え!?」

 庵藤の中では想定外だったのか、反応のままに声が漏れてしまったようだ。さらにはこっちのほうが唖然としてしまったわけだけど。

「そう……か。てっきり神崎は、あいつのこと良いように思ってないと思ってたんだが。パソコン授業の前といい、意外だな」
「いやその時も言ったけど、そんな深い意味はないよ。本当に」

 自分で弁解しながら思う。こっそり後を付けてまでお見舞いしようとしたんなら、確かに何かありそうだ。けど、それしか理由らしい理由が思い付かないし。

「別に……、いやまぁ、そういうことにしとくか。ほら、言ってる間に着いたぞ」
「え、こ、これ?」

 歩きながら思っていたけど、住宅街というよりはマンション街である。示されたのはその中でも一際大きなマンションだった。高さも負けてないが、何より敷地が広い。その迫力は十分に高級マンションと言えた。もしかして、狭山ってお金持ちなのか。

「まぁ驚くよな。俺も最初来たときはさすがにな。あいつは此処の最上階に住んでるんだよ」
「へぇ、そうなんだ……」

 最上階って、具体的に何階あるのか数えるのが面倒にも思えるくらいなんだけど。

「ちなみに二十二階な」
「たかっ!?」

 そんな凄いとこで暮らしていたのか。何というか、意外過ぎてうまく言葉が見付からない。
 もう慣れてしまったであろう庵藤は、それだけ説明すると即座に足を運ぶ。ベージュの壁面の中、人が三人並んでも同時に入れるくらい、一際大きな入口が現れる。透明な自動ドアかと思ったけど、目の前まで来ても開くことはなかった。見れば、庵藤が慣れた手付きで、設置されていたキーナンバーのロックを解除していた。此処、日本だよね?

「何ボーッとしてんだ? 置いてくぞ」
「あ、うん」

 中央から左右に、透明なドアが自動で開いた。物怖じしない庵藤にも呆気に取られながら、私は置いてかれまいと駆け足になる。
 分かりやすく見付けたエレベーターを使って、狭山が住んでいるという最上階に向かう。一気に二十二階にまで登るエレベーターは、透明な空間に思える程、まだ比較的新しいのか綺麗なものだ。硝子張りに作られており景色が開けていた。似たような高層のマンションが立ち並ぶ。駅前の大きなショッピングモールもはっきりと見えた。

 う〜ん。立派なとこだけに、狭山が住んでいるというイメージがますます結び付きにくくなった。

 目的地へと距離を縮めるエレベーター。赤く表示される階数パネルは、みるみるうちに数字を増やしていった。恐らくはけっこうなスピードだとは思うが、振動もなくかなり静かなものだ。その間、庵藤との会話は特になかった。だからこそ、すぐ左に何かが上から落ちてきた妙な音にも、すぐに反応してしまった。

「え? き、きゃああぁぁぁ!?」
「お、おぉ? な、何だ。どうした?」

 あんまりに驚いてしまい、庵藤を力いっぱい引っ張ってしまう。隅っこに飛び退いて、出来るだけ距離を取ろうと必死だった。

「く、くも! くも!?」
「ったく、蜘蛛くらいで大げさな……。しかもどこにでもいるような奴だろ」
「でも無理!?」

 私とは違い、楯にされた庵藤は酷く落ち着いた様子だった。そんなに冷静になられると、確かに慌て過ぎかなとも思うが嫌なものは嫌だ。小さな虫くらいなら大体大丈夫だけど、長い足が八本もあるあの見た目だけは、どうしても受け入れられない。

「あんな所で巣を作ってたんだな」
「え?」

上を見上げてみれば、エレベーターの天井の隅に蜘蛛の巣が張り巡らされていた。何であんなところに作ってるんだろ。いつも思うことだけど、餌が引っ掛からないような処にも巣を作り過ぎだと思う。


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