黒を司る処刑人
2:不穏
この暑い時期に雪が降ったという事実。珍しいという言葉で片付けていいはずがなかった。けどそれに続き、珍しいことが続いたと教室では声が上がっていた。クラスのムードメーカー、兼トラブルメーカーである狭山が、学校を休んだのだ。
「あいつも風邪ひいたんかな」
「庵藤、何か知ってるか?」
「いや、聞いてないな」
「狭山君が休むなんて初めてじゃない?」
「いやいや、また変な理由で遅刻かも?」
休みであるかどうか確定したわけじゃない。出席を確認された時、狭山はその場にいなかった。連絡は来ていないらしく、遅刻の可能性もないわけじゃない。
ただ、二時間目、三時間目と授業が終わっても顔を出さないとなると、休みの可能性がかなり高い。
騒がしい狭山がいないだけで、クラスの明るさが少し曇っているいるようだ。よく話している女子も、一緒に馬鹿なことをしている男子も、今日は物足りないなと顔に出していた。
「何かいつもよりかは静かだね」
「……ん、そうだね」
それは優子も同じであるらしい。
「何か、紗希も元気なくない?」
「そ、そんなことないよ」
とは言うものの、私はかなり引っ掛かりを感じていた。遅刻でも、風邪でもないとしたら……。そう考えていたのだ。
昨夜、私のもとに届いた一通のメール。それに関わっているんじゃないかと、不安が過(よ)ぎっていた。
そのメールは夜遅くに届いていた。差出人は、執行者であるクランツだ。今も頭の中でメールの内容が思い出されていた。
「今街に魔界の住人が潜んでいる。どんな奴かはまだ見当がついていない。気をつけろ」
その内容は至ってシンプルであり、必要最低限の情報が送られていた。けど、念のためそのまま部屋にいたギルやリアちゃんにも伝えると、まだ見つけてねぇのかよというのが第一声だった。
「ギルは見つけたの?」
「あぁ?」
「……何でもないです」
ギルも見つけてないんだと分かりやすい。相当に機嫌が悪かった。
その後、リアちゃんが残ってくれてギルが捜索に向かったのだ。けど成果はなく、姿どころか気配さえも掴めなかったと言っていた。
そして今日になってみると、狭山がいないのだ。昨日は駅で、確かにまた明日と言っていた。
何かしら都合があって休むとは考えにくい。なら、急遽事情が変わったということだろうか。もちろん、まだまだ遅刻の可能性もあるし、単純に風邪で休んだ可能性もある。でも、そうじゃなかったら?
魔界の住人がこの街にいることは確実だと思う。なら、再び危険が迫っていることは間違いなく、もしも昨日、その魔界の住人に出くわしていたら?
どうしても、そんな嫌な方へと考えてしまう。
「まさか紗希も、狭山君がいなくて……?」
「へ……?」
「いなくて初めて気付いたこの気持ち……とか?」
「べ、別にそんなんじゃないよ」
何となく、昨日の一件を思い出してしまう。
「そう? あ、紗希にはあの彼がいるもんね」
「彼?」
「ほら。昨日来てた」
「だから、それも違うって。ただの親戚」
「怪しいんだけどな〜」
全く怪しくない。優子は興味津々といった顔だ。恋バナに興味があるのは分かるけど。
「本当に何でもないって。それより、次は情報だから早く教室に行かないと」
情報処理の授業で、パソコンを使う為に教室を移動しないといけない。優子の勢いを大人しくさせようと、急ぐように促した。
「あ、誤魔化すの上手くなったね」
……思惑はバレバレだったみたいだけど。
優子と加奈。いつもなら二人と移動しているが、今回、二人には一言言って私は先に向かった。というのも、庵藤に用があったからだ。
移動教室の場合、それぞれの係が先に、向かう教室の鍵を開けることになっている。
庵藤はクラス委員ではあるが、別に情報の授業の係というわけじゃない。
にもかかわらず、庵藤は真面目な性格からか、いち早く教室を移動するのが恒例だった。
私のクラスの教室は東校舎の三階。パソコン教室は西校舎の四階だった。先に階段を上ったのか、渡り廊下を先に通ったのか迷うところだ。行き着く先は同じなので、勘に頼って渡り廊下に向かってみる。どうやら見事勘は冴え渡っていたようで、先を歩く庵藤の姿を見つけた。
「庵藤」
「ん?」
駆け寄りながら呼ぶと、庵藤は足を止めて振り返る。
「廊下を走るな」
「いたっ」
ばしっと近付いたところでチョップをされてしまう。反応して口から零れたのではなく、言葉通り地味に痛かった。
「いったいな、もう!」
頭を両手で押さえながら抗議するけど、悪びれた様子もなかった。
「神崎の頭が堅すぎてこっちが痛かった」
「何それ! ……じゃなくて、訊きたいことがあるんだけど」
怒鳴りそうになるのを抑え、手っ取り早く用件を済まそうと思い直す。今はそれよりも、もっと大事なことがある。
「訊きたいこと?」
自分に何を訊くのかと、庵藤は不思議そうだ。全く思い当たらないのかもしれない。
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