黒を司る処刑人
1:波乱]T
「ちょっとだけ……焦ったんだと思う」
「ほらサキリンって、そんなに男子と話すことないし。僕が、一番サキリンと接してるって、そう思ってたからさ。だから、今日親戚の奴と仲良かったのを見て……正直ちょっと、焦った」
本当に、今目の前にいるのは狭山なんだろうか。ふとそんな疑問を抱いてしまう。サキリンと呼び、調子のいいことばかり言う狭山は、ある意味人をおちょくっているのだと、そう私は思っていた。だが初めて見せるだろう今の姿に、違うのだと感じさせられた。
本気……なの?
いつもならあっさりと、行くわけないでしょ。と言うはずだ。そんなことを考えた。それを口にすればいいはずだ。何も変わらず、ちょっと怒った顔を見せてそう言葉にすればいいだけのはずだ。
そのはずだけど、踏みとどまってしまう。眉を八の字に寄せる狭山に、いつも通り言うなんて難しく思えた。ようやく絞り出した自分の言葉は、返答ですらなかった。
「……だ、だから、別にそんな仲じゃないんだって」
「……ほんとに?」
不安と、そうでないであるようにという、希望が入り混じった表情を作る。
「うん。本当」
「……そっか。少し……安心した」
無理に作った笑顔は、ようやく信じた、というよりかは無理矢理自分を信じさせたように感じる。いつものように、変な言動ばかりしてふざけてる風なことは全くない。今までと違い真剣な空気だった。こういうことに慣れてない私は、どう答えたものか分からない。
「えと、ごめん。怒った?」
そう言って、無意識にうつむき加減になっていたところ、すっと狭山が顔を覗いてきた。
「……!? な、何でもない」
「そ、そう? いやでも何か顔赤くない?」
「あ、赤くなんかないってば!」
「……あ、えともしかして……照れてる?」
「う、うるさい! 狭山の馬鹿!」
「あははっ。いつものサキリンだね」
それはこっちの台詞だ。ようやく、陽気さを見せた狭山は普段と近くなったと思う。
「変な話だけど、そうやってあたふたしてくれてるほうが、慣れてないんだなって分かって何か嬉しいや」
「別にいいでしょ。そんなこと」
その通りなのだが、ただ言われるまま認めると、何だか負けた気がするので素っ気なく答えておいた。
「そうだね。サキリンはサキリンだしね」
「……」
すっかり調子を取り戻したのか、何だか変に納得されてしまっている。私としては、腑に落ちないというか、癪に感じるというか。
「あ、でもさ。行きたいのは本当だから」
「え、あ、うん。ま、まぁ考えとく」
「ホント? やった!」
思った以上にはしゃぐ狭山。私は焦って付け足した。
「い、いや、考えるって言っただけだよ」
「正直、すぐに断られると思ってたから。考えてくれるだけでも嬉しいよ」
「そ、そう……」
そんなことで、そんなに嬉しいものだろうか。私には分からないけど、おおさげに喜ぶ狭山に、何だかこっちの方が恥ずかしくなる。
「サキリンは分かりやすいなぁ」
「ち、違っ……」
指摘されてますます顔が熱くなる。別に私が嬉し恥ずかしいってわけじゃないのだ。
「分かってるって。じゃあ、また明日」
狭山が颯爽と駆け出す。本当に分かってるのかかなり疑問だ。
「あ……ま、また明日。ってちょっと待った」
問い詰めたかったのだけど、つい反射で挨拶を返してしまう。
「電車来たから」
「いやまだ来てないし!」
何時に来るなんて時間まで把握してないが、ロータリーからでも電車が来たかどうかは見て分かる。アナウンスすらされてなかった。
「明日は遅刻しないようにね。サキリン」
「サキリン言うな馬鹿!」
手を大きく振ることで、狭山は返したつもりのようだ。大声で何てことを口走るんだか。全く。
でも、最後はいつもの調子に戻ったようで良かったと思う。
階段を登り、駅内へと姿を消す狭山。すぅっと見えない奥底へと、吸い込まれるように進んでゆく。一瞬、そんな風に見えた。何でそう見えたのか。普通に帰っているだけだというのに。私は変だなと微笑した。
何のことはない。狭山も、普段と変わらないじゃないか。最近色々とあっただけに、変に考え過ぎているんじゃないかと思うことにした。完全に見えなくなるまで狭山を見送った私は、きびすを返して、同じく帰路に向かった。
「じゃあ、また明日」
確かにそう言っていた。だが次の日、狭山は学校に来ることはなかった。
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