黒を司る処刑人
1:波乱[
「……ったく」
ガリガリと頭をかくギル。気だるそうな様子だ。対して、庵藤は睨みをきかせて立ち塞がっている。
「なら何処の誰で、何で此処にいるのか言ったらどうなんだ?」
ギルは少し考えた後、やはり面倒臭そうに答える。
「ただの人捜しだよ」
「誰を探してるんだ?」
「誰でもいいだろ。勝手に探してんだ」
「そんなのが通じると思うか」
その場を離れようとするギルを、庵藤は押し止める。見逃すつもりはないようだ。私としては見逃してほしいのだけど。
「紗希、行かないの?」
ぼそぼそと私だけに分かるようにリアちゃんが問い掛けてきた。
「何とか収拾がつきやすいタイミングで行きたいんだけどね」
早くギルには帰ってもらいたいけど、今出て行くとややこしくなるのは明白だ。どうにか穏便に済まないか様子見を決行している。
「なぁ俊樹。もう先生に頼もう」
庵藤の後ろに立っていたのは狭山だった。これまた何故に。庵藤が勇敢にも不審者であるはずのギルを問い詰める中、狭山は逆にその勇み足を止めにかかっていた。
「まだ来てないだろ。任せっきりで傍観はしたくないからな」
「いや、でもさ……あれ? サキリン」
「……っ!?」
な、何で気付くかな。
うまく人集り(ひとだか)に隠れていたつもりだったのに。
狭山の「サキリン」の一言で、私に注目が集まる。私が紛れていたことに、誰も気付かなったわけではない。だけど、狭山のおかげで視線が集中した。もろろんそれは、庵藤も含まれる。
「神崎」
「サキリン、来てたんだ。でも一応下がってたほうがいいよ。さぁ僕の後ろに」
「あ、いや……」
相変わらず狭山はいつもの調子を披露する。それが特に珍しいことではない。いつものやり取りだと皆が納得する振る舞いだ。しかし……。
「何だ紗希、いたのか」
「……っ!」
いつもにはない出来事。それはギルという存在であり、見知らぬ不審者である筈の者から発せられた、私の名前だ。
「え?」
「紗希?」
「サキリンの知り合い?」
「親戚とか……?」
「ねぇねぇどういうことなの?」
「ち、ちょっと待って……」
ギルと庵藤、それに狭山からある程度距離を取っていた筈の皆は、一斉に私の下に集まる。吹き出したように私への質問が巻き起こった。
「ねぇねぇ誰?」
「兄貴? いやでも似てねぇよな」
「じゃあもしかしてさ……」
「どうなのよ? 紗希ってば」
「し、親戚。遠い親戚だから」
凄い圧迫に負けそうになりながらも、何とかそれだけ説明する。限界など見えず、立ち上っていくテンションだったが、皆はなぁんだとようやく少し冷静になってくれた。
「神崎を探してたのか。だったら最初からそう言えばいいものを」
私の親戚と分かり、庵藤も緊張を解いたようだ。
「……親戚って何だ?」
「は?」
「い、いや。この人、ちょっと頭があれなんだ。だから……」
我ながら酷い言い訳である。折り合いが付きそうだったのに、ギルの余計な一言で再び蒸し返されては堪らない。再び庵藤が、疑いの眼差しを向けているのが分かった。
「あれって何だ、こら」
「もう、いいから黙ってて。とにかくそういうわけだから」
「ちょ、おい……」
これ以上ややこしいことになる前に、私はまくし立ててギルを引っ張る。急に手を引っ張られたギルは一瞬戸惑ったようだが、後回しだ。ともかくこの場を離れることを優先する。
「親戚ね……正直どう思う?」
「まぁ怪しいっしょ」
一気に駆け抜けて着いたのは、誰もいない屋上。あ、いやスカルさんだけがいる屋上だ。
「何なんだいったい」
無理矢理引っ張られたギルが文句を垂れる。ようやく解放されて悪態をついてくるが、私のほうが言いたいことはたくさんある。
「何なんだはこっちのセリフ。何でギルが学校の中に来たの?」
「それはだな。ひま……念のため偵察してたんだよ」
「今絶対暇つぶしって言おうとしてたでしょ」
「んなわけあるか。どうやら紗希一人だけが学校ってやつを楽しんでるらしいからちょっとな」
ちょっと何だというのか。ギルはそれ以上は言わなかったけど、リアちゃんから聞いてた内容から、ズルいとかそんなことを思っているに違いない。子供か。しかも何故か顔が得意気だ。
「ギルにとって楽しいかは分かんないけど。とにかく、学校の中はダメ。絶対ダメ。騒ぎが大きくなるから」
「私も?」
しっかりと着いてきていたリアちゃんがふと、そう口にした。あれ? リアちゃんも興味あったのかな。まぁ猫になっていれば騒ぎには……うん、なる。猫が紛れるだけでも、特に同好会にとってはアイドルが現れたかのような、熱烈ぶりを発揮するのだから。
「うんと……ごめんね」
「ううん、大丈夫」
「俺は納得してないぞ。そんなもん俺の勝手だからな」
リアちゃんが納得したのを見て、自分は違うとギルが主張する。そりゃ騒ぎになっても、ギルは痛くも痒くもないだろうと思う。いざとなればぴょいと逃げればいいのだ。だけど私はそうはいかない。
「ダメだって言ってるでしょ!」
此処は絶対に譲れない。
「だから知らねぇって」
「ところで、何か面白そうなのありました?」
「ん?」
引かないギルをどうにか、いや絶対説得しようと言い合う中、縛られたままのスカルさんが質問した。
「いや、別に」
「可愛い女の子とかいませんでした?」
「いやあんま見てねぇけど」
「紗希さん、此処の学校ってブルマデスかネ?」
「違います!」
いきなり何を訊いているのかこの人は。私自身が恥ずかしくなりながら、きっぱりと否定する。
「そうデスか」
滅茶苦茶残念そうに、うなだれるスカルさん。この人も学校に入ってもらってはダメだと確信してしまう。髑髏の仮面という容貌もそうだが、どうも犯罪が起きそうだ。
「とりあえずスカルさんもダメですよ」
「な、何故(なにゆえ)?」
「……その髑髏の仮面で騒ぎになりますから」
「そ、そんな……」
どっちかというと言動に問題があるからダメなのだけど、まぁそういうことにしておこう。
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