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黒を司る処刑人
1:波乱Y
「旋風・縛」

 リリアは小さな風を生み出した。目を凝らせば視認出来るそれは、まるで小さな台風のようである。

「あんまり動くと斬れるかも」
「……いやいや、メチャメチャ怖いんデスケド」

 スカルヘッドの両手両足に生み出した風を取り付ける。バチンと締まった後は、まるで縄で縛られたようだ。しかし実際は縄より危険なものである。

「じゃあ私は処刑人を探す。ここから動いてたら容赦しないから」
「……は、ハイ」

 鋭い視線にスカルヘッドは素直に従う。それは当然のように見せ掛けなのだが、リリアは処刑人を探そうと急いだ為、気に留めなかった。一瞥した後、リリアは猫の姿となり駆け出した。

「カッカッカ、それでは私も」

 スカルヘッドは抜け出そうと体を捻る。斬れると言われたのは嘘ではなさそうである。拘束している風は回転しているようで、チリチリと音を立てていた。
 通常なら抜け出すのは至難の業である。だがスカルヘッドは医者だ。人体には精通している。関節の外し方も熟知している。

「確か漫画では……」

 ただ自分で、しかも縛られた状態では経験がない。曖昧でいい加減な、それも正しいのか分からない記憶と、自分の確固たる知識を総動員して試みる。

「ハグっ!?」

 ゴキっと嫌な音が鳴り響く。どうやら関節は外せたようなのだが、何かが違ったようだ。ただ腕が痛いだけで、とても抜けそうにない。

 もしや間違えた?

 そんな疑問をようやく覚えたところで、スカルヘッドは新たに思い付く。

 メスさえあれば……。

 メスならポケットに入っている。自身の能力で小さくした鞄には携帯医療七つ道具がある。厳密には七つどころではないのだが、響きとゴロが良いのでそう呼んでいる。

「あっ! この状態じゃあ取れナイ」

 僅か数秒で抜け出す方法が潰えてしまった。

「な、何という放置プレイ……」

 足掻いて関節を変に外してしまったせいか、移動もままならない。スカルヘッドはひたすら祈る。忘れられないことを。それだけはありませんようにと、神を信じない彼がこの時、真剣に祈ったのだった。


 まさに風の如く駆け抜けるリリアは、黒い弾丸のようである。風と一体となり、一般の生徒たちの目に映ることは皆無と言えた。

 それほどのスピードで探す彼女だが、ある程度外を見回ったところで、見付からないとぼやく。あまりに死角が多く、建物の中へと入ってしまったのかと気が滅入ってしまう。

 一旦紗希に伝えるべきかと迷ったところで足を止める。何者かの気配を感じ、中庭とされる場所にある、木の上にて身を隠したのだ。用心は怠らない。本来風を纏った彼女の動きは、意外に目を引く。

 動き続けるなら、リリアは去った後であるため、突風にしか感じなかった。動きを止めた木の上にて風が巻き起こる。ガサガサと妙に一本の木だけが大きくざわついた。

「何?」

 気付いたのは移動中の生徒たちだ。中庭を横切る廊下を通って、購買から教室へ戻るところだろう。短い黒髪、背の低い女子が、一本のだけ激しく揺れていることに気付く。自然と視線は木の上に注がれる。

 まずいと思ったリリアは身を低くするが、その選択は良くなかったようだ。間違いというわけではないが、風となってすぐさま駆け出した方が良かったと言える。青く茂る木だが、黒い体は目についた。運が悪い。

「あ、猫だ」

 学校に猫が迷い込むということも珍しい。普段とは違う刺激には、高校生も敏感なものだ。

「え、どこ?」

 眼鏡をかけた、きりっとした印象の女生徒が瞬く間に反応する。注目の的となり、リリアはむぅ……と唸る。

 面倒なことになったと思った。勿論風を纏い、本気を出せば人間である高校生たちから逃れられる。ただそうなると、急に猫が消えたという話を作ってしまう。
 今まで猫としてカムフラージュしてきたリリアは、自然と躊躇した。

 ならばどうするか。普通の猫と同じ動きで攪乱し、姿を消す。それが有効な手段だ。タタッと軽やかに木を降りた後、リリアはゆっくりと駆け出した。

「あ、そっち行った」
「了解」

 リリアの思惑は間違ってはいない。だが最善ではなかった。普通の猫と思わせる為、スピードを緩める。普通の猫と同等でも、人間から逃げおおせるはずだ。だがしかし、一般の高校生である彼らは少しばかり、平凡ではなかったようだ。

「……!?」

 飛び跳ねるように進行方向を変え、振り抜くつもりだった。けれども、リリアの前方には必ず生徒が立ち塞がっていた。どうしたことか。リリアは酷く困惑する。

「逃がさないわよ、モフモフさせてもらうまでは」
「この辺では初めて見る猫だな」
「私達猫好き同好会が保護してあげる」

 男女五人の集団は、猫を愛でるサークルのメンバーだったようだ。それこそノラ猫はもちろんのこと、猫を追い回すのは活動内容の一つであり、お手の物だ。彼らの猫に対する執着心は凄まじく、あっという間にリリアは隅へと追いやられてしまった。

 まさか人間に追い詰められるなんて不甲斐ない。強くなりたいと望むリリアにとってはこの上ない不覚だった。
 捕まってる場合でないのは勿論のことである。この際、妙な猫が現れたと噂になっても構わないかと思い直す。リリアが足に力を入れ、風を呼ぼうとしたその時、実に聞き覚えのある声が聞こえたのだ。

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