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黒を司る処刑人
1:波乱V
「む……」

 自然と唸ってしまう。加奈が教えてくれたのは、庵藤が来たということだった。クラスの男子とそこそこ会話したあと、迷うことなく近付いてきた。

「何だ。珍しく早いな」

 ちょっと驚いた風なのが腹立たしい。

「珍しくない。私だってちゃんと早く来れるんだから」

 庵藤俊樹。短くそろえた黒髪から覗く鋭い眼が特徴的だ。今日はコンタクトなのか。眼鏡をかけていなかった。
 委員の仕事に就いている庵藤は、遅刻がちょっとだけ多い私を目の敵にする。さらには、この前の中間試験での勝負で、私を負かした相手でもある。

「そういえばさ、ペナルティは何するか決まったの?」

 気になって仕方ないといった具合に、そわそわしながら優子が尋ねる。

「いや。まだ決めてないな」

 庵藤はさらっと答えていた。

「ふ〜ん、てっきりメイドで落ち着くかと思ったけど」

 加奈も興味を示しているようだ。私は全力で嫌なんだけど。

「正直勝つことは決まってたわけだが、まだ考えがまとまってないんだよ。まぁそのうち決める。それこそ自分から、メイドをやりたいって言い出したくなるくらいの奴をな」
「なっ……!」

 いったいどういうことをさせるつもりなのか。衝撃発言をする庵藤は、それはもうこの上ないくらいの恐ろしい笑みを浮かべる。ギルと良い勝負かもしれない。

「まぁ一応冗談に捉えてるけど。前に加奈が言ったように、あんまり紗希を虐めるようなら黙ってないからね」
「優子……」
「ま、冗談だ。多分」

 多分って何だ。
 むぅ……と睨みつけるけど、庵藤が意に介した様子はない。暖簾に腕押しだった。

「大丈夫よ」
「え?」

 心強い一言で場を制するのは加奈だ。どういう意味で大丈夫なんだろう。

「心配しなくても、そんなに酷いことはないから。でしょ?」

 見れば、加奈は自信にも満ちた表情だった。

「結城。それはどういう意味だ?」
「別に。やりすぎないようにっていう皮肉もあるけど、他意もあるかも」

 にやりと笑う加奈。対して庵藤は、口を強く詰むんでしまった。

「……前から思ってたが、お前、性格悪いだろ?」
「ん〜……そうかもね。でも庵藤もたいがいでしょ」
「自覚はしてる。だがお前ほどじゃないという自負もある」
「あらそう。奇遇ね。私もそうなんだけどね」

 はっはっはと棒読みの笑いが飛び交う。互いに突き付けるように乾いた笑いを浴びせていた。何これ?

「結局二人は何の話してんの?」
「さあ、分かんないよ私にも」

 当の二人は互いに分かりきっているようだけど、優子と私には分かりそうもなかった。


「ホームルーム始めるぞ」

 そのうち担任の赤城先生が入室したのを合図に、笑い合っていた庵藤と加奈も切り上げたようだ。

「んじゃ後でね」
「うん」

 優子も私も、自分の席に戻り始める。クラスの皆が同じように散らばる中、赤城先生が狭山を呼び止めた。手にするヒラヒラしたものに目が留まったのだろう。

「おい狭山。何だそれは」
「カチューシャです」
「いやそんなことはわかっとる。何でそんなもんを持ってるんだ?」
「サキリ……いえ、ノリ先に似合うかと」
「似合うか馬鹿!? 没収だ!」

 正直に言うのを躊躇ったようだが、その誤魔化し方はないと思う。むしろ逆鱗に触れてしまったか。それはもう、あっさりと取り上げられてしまった。

「あ、ちょっ、ノリ先、手が早すぎる。やはりメイド好きだったか」
「いいから早く戻れ! それとも拳骨がほしいか」

 まずいと狭山は慌てて席に飛んで逃げた。そして、その様子を見たクラスの皆からは、赤城先生にメイド好き疑惑が冗談として上がるのは、また後のことだった。




 そして昼頃、事件が起きる。
 雪が降ったという話題も、昼になる頃にはすっかりなくなってきていた。狭山や庵藤があまり興味を示さなかったように、元来物珍しさがあるだけだ。高校生の大半にある好奇心は、もっと別のことであると思う。

 昼休みのため学食に向かう途中、中庭のほうで何やら騒がしくなっていることに気が付く。

 二階の廊下から見れば、人集り(ひとだかり)が出来ていたので目立っていた。「行ってみようよ」と優子が率先するので、ついて行ってみる。

 止める暇もなく、歩を早めてしまった優子を追いかけたと言ってもいい。加奈はいつもの優子の破天荒っぷりに、仕方ないと溜め息をつくほどだった。



「可愛いね」
「どっから来たのかな」

 下に降りて人の集まりに近付くと、そんな声が上がっていた。そこでようやく、集団の大半が女子であることに気付く。
 
「何だろ?」
「猫でも迷い込んだとか?」

 優子の後を追いながら疑問を口にすると、加奈は一つの可能性を思い付いたようだ。猫好きな私としても、是非見てみたい。好奇心が芽生え始めた私は何だろうと近付いた。

「えっ……!?」

 人の根をかき分け、ようやく注目の的を目にすると、つい驚きを口から出してしまった。何と人が集まった原因はリアちゃんだった。黒い毛並みの小さな猫。金色の瞳をしている。間違いない。中庭の隅のほうで取り囲まれているようにも映るが、どうして学校に?
そんな疑問を頭に浮かべるより先に、声が上がった。

「紗希っ」
「え?」

 途端に周囲がざわつく。誰もが当然ながら驚いていた。

「今、しゃべった?」
「まさか……猫が?」
「い、いやそんなわけないんじゃない?」

 まずい。私は慌てて弁解に入る。リアちゃんもしまったと思ったのか、すぐに猫らしくニャーと鳴いてみた。

 そしてタタッと助走をつけて、私の胸に飛び込んできた。準備してなかった私は、少しタックルを受けてしまったようによろめいてしまう。

「もしかして紗希の猫? 具合良くなったんだ」

 その様子を見て、優子がふと尋ねてくる。

「あ、うん。ようやく良くなってきたとこ。なのによく外に出ちゃって……」

「何だ。てっきりノラ猫かと思ったのに」
「こんな毛並みしたノラがいるかよ」
「名前は何ていうの?」

「リリアって名前。リアちゃんって呼んでるよ」
「具合悪かったの?」
「えっと……」

 自然と質問攻めに遭ってしまう。それはそれで、猫が喋ったということは有耶無耶になって良かったのだけど。どうにも場を離れられなくなってしまった。

「紗希。あとで屋上で」
「え?」

 私にしか聞こえないような小声で、リアちゃんが呟く。その瞬間、私の腕の中から跳ねて走り去ってしまった。

「あ、……ご、ごめん。追いかけなくちゃ」
「あ、紗希」

 一言謝りながら私は慌ててリアちゃんを追う。だが、黒いその姿はもう見えなかった。まさに風のようである。

 どういうことなのか見当もつかないが、屋上で合流するべく私は階段を駆け上がった。一体何かあったのだろうか。

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