黒を司る処刑人
1:つかの間の休息V
「あ、来たよ」
もう既に、二人は待ち合わせにしていた駅前の時計塔の下に来ていて、ここだと手を振って示してくれていた。
「ふぅ。危なかった」
遅刻ではないけれど、余裕があったわけじゃなかった。ギリギリセーフってところだ。だから加奈の一言には驚いた。
「紗希、五分遅刻」
ビシっと指差しで注意されてしまう。
「え、えぇ!」
「あはは。うそうそ。加奈がからかってるだけだよ。正確には二分前」
優子が手をヒラヒラさせて撤回する。
「もぅ加奈。心臓に悪い」
「だって、コロコロ表情変わる紗希って可愛いもの」
加奈の一言に少しながら顔が紅潮してしまう。
「赤くなる紗希も可愛い」
「も、もう。からかわないでよ」
「あはは。ごめんごめん。んじゃ行こうか」
「最初はどこ行く?」
具体的にまだ決めていなかったはずだから、何気無い一言だと思う。けど、優子と加奈はもう決めていたようだった。
「それはもちろん……」
二人の息はピッタリだ。でもまぁ、それぞれ違う場所を示すだろうと思っていた。
「紗希ちゃん改造計画〜♪」
あれ、最後までピッタリだ。まぁ私は決めてなかったし、多数決的にみても二人に賛同し……ん?
「……え? 今なんて?」
「だから、まずは可愛い紗希ちゃんををもっと可愛くするの」
実に楽しげに優子が語る。しかも何で今日に限ってちゃん付けなんだろう。
「ね〜」
二人してね〜って合わせてる。妙にテンションが高い。
「いやでも、ほら今日は二人とも買いたいものあるって言ってたじゃない。ね」
「もちろん買うよ。でもやっぱこれが今日のメインだし」
「え、いつ?」
いつからそんなのがメインイベントに。全く聞いてないんだけど。
「紗希に行ったら来ないかもしれないから黙っておいたの」
嬉々として語る優子。そりゃ来ないよ。玩具にされるの分かってるし。
「んじゃ出発〜」
「ちょ、ちょっと待って」
抜群な二人のチームワークを前に為す術もなく、ズルズルと連れてかれてしまった。
「ねぇ、あのさ。服返してほしいんだけど」
カーテン越しに私は小声で頼んでみる。
「ダ〜メ。まずはそれを着てくれないと」
全国に店舗がある、規模の大きめな服屋に入ると、文字通りにすぐさま更衣室に放り込まれたのだ。あっさり服を脱がされ、更衣室から出るに出られない状態だ。仕方なく、二人が持ってくる服を着る羽目になった。
「こんなヒラヒラなの、私着たことないんだけど」
着替え終わって二人を呼ぶ。二人が最初に持ってきた服は、よく見つけたものだと感心出来た。妙にスースーして、肌を擽(くすぐ)る。ヒラヒラしたワンピースに似たような服だ。色はピンクがメインで、こんなのを着ていると明らかに目立ってしまうと思う。
「うん。可愛い。あ、でもこの服ならツインテールにした方がいいかもね」
そう言って加奈は、実に慣れた手つきで私の髪でツインテールを作っていく。ツインテールって……。
「あ、確かに」
優子が感心したように頷く。うぅ……。こんなの恥ずかしいよ。
「次着たんだけど」
半ば諦めと開き直りが混じってくる。
「元気なスポーツ少女っぽくしてみました」
優子が得意気に言う。今度は動きやすい袖のないシャツに、短いジーンズの半ズボン。まではまだいいんだけど、シャツが小さすぎてお腹が見えてしまう。
「ちょっとこれ小さいんだけど」
「それそういう服だから。おへそを見せるのがポイントだからね」
「……」
は、恥ずかしすぎる。なんとか見えないように引っ張ってみるけど、到底届きそうにない。
「ポニーテールのにしたほうがもっといいかも」
加奈は批評家になったつもりか、じっくりと見定めしていた。そして私の髪はまた手際良く、後ろ髪を括られてしまう。
「ねぇ、もうそろそろこれで終わりに……ってあれ? 二人ともどうしたの?」
何回か似たような着替えが続く。私が更衣室のカーテンの奥から顔を出すと、優子も加奈も頭を腕を組んで、何やら考え込んでいた。
「いや〜。紗希が可愛すぎて、何か自分の女の子としてのプライドが……」
「そうね。なんかもうズタズタというか……、紗希の可愛さが憎いというかね」
えぇ……!?
ここまでやらせて私にどうしろと!?
結局のところ、無難にカジュアル服だけ買ったのだ。時計を見れば、まだ二時間ほどしか立っていないものの、私はもう既にクタクタであった。
「それじゃ次はあれ行こうか」
加奈が指差す方向を見てみる。……あ、あれは下着専門店!?
「え、ちょ、嘘でしょ」
「久々だからとことん行かないとね」
「いや、今日はもうちょっと……」
やばい。この調子でいかれると正直たまったものじゃなかった。自分の行く末に身の危険を感じさせる。けど、二人の暴走はピークに達していたようだ。
「紗希早く」
「ほらほら」
加奈がにこやかに私の右手を引いていく。反対の左手は優子が引いていた。
はぁぅぁあ……。
助けを呼ぶ声は虚しく響く。悲しくも、それは誰にも届かなかったようだ。
[前へ][次へ]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!