黒を司る処刑人
2:迷いU
優子が来ているとなると、見れば登校の時間になっていたようだ。ちらほらとクラスメートたちが姿を見せ始める。
「あれ? 神崎さん。今日早いんだね」
「あ、うん」
というやり取りも何回交わしただろうか。登校してくるクラスメートにはけっこう尋ねられてしまう。むぅ……。
「やっぱり紗希が早いと皆意外そうだね」
優子がそんなことを口にする。それは確かにそうかもしれないけど、優子も割と遅刻する方なのだ。でも何故か優子は珍しがられることはない。
「優子もよく遅刻するのに」
恨めしそうに言ってみる。
「そう? でも何だかんだで走ってギリギリ間に合ってるし。それに紗希は庵藤君とよく言い合ってるから、そのイメージが強いんだよね」
「そんな言い合ってないと思うけど。それにそもそも、庵藤のほうが突っかかってくるからで……」
「俺が何だって?」
タイミング良く本人が現れる。鞄を担いで席に向かおうと隣を通ったあたり、今来たところのようだ。
「あれ? 委員の仕事は?」
いつも朝では校門前に立っていたから訊いてみた。
「当番制だからもう当分俺はやらなくていいんだ。それに、今は試験前だから生徒はやらなくていいし」
代わりに先生が立っているらしい。というか、当番制だったのか。何かいつもいたから、てっきりずっとやるもんだと思ってた。
「……お前、当番制だってことも知らなかっただろ?」
「……え? いや、そんなことはないよ…?」
何とか誤魔化そうとしたところ、何とも不自然な形になってしまった。
「まぁいい。で、俺が何だって?」
「紗希とよく言い合ってるよねって話」
「まぁそうだな。神崎がアホだから仕方ない」
「ちょ……私の何処がアホだって?」
あまりのストレートな物言いに聞き捨てならない。
「何処が?」
ユラリと庵藤の周りが不穏な空気に変わった気がする。むっ……と少したじろいだ。
「何回遅刻しても一向に回数が減ることもなく学習能力がない。事件があったって病院に朝からわざわざ出向く思考。そういやこの前も、バケツに水汲んで何もないとこで転んでたか」
「……って何でバケツのことまで」
掃除の時間に水を汲みに行った時のことだ。廊下を水浸しにしてしまったけど、転んだところは誰にも見られてないと思ってたのに。
「たまたまだ。ん? そういや前向いてなくて柱に頭ぶつけてたこともあったな。何かよく分からん声を発し……」
「わぁぁ! もういいよ!」
かなり具体的な例を挙げられてしまい、とても反論出来そうにない。悔しいが勝てそうになかった。
「まぁそういうわけで、神崎はアホだったことが分かる」
「よく見てるね?」
「……たまたまだ」
優子の指摘にぶっきらぼうに答える。
「で、でもアホじゃないもん! 大体、庵藤だってこの前、頭に眼鏡乗っけて眼鏡が何処か知らないかって訊いてたでしょ」
言った。言ってやった。あれには笑わせてもらったのを覚えている。
「確かに」
「そういやそんなことあったね」
と、周りも関心を持ったのか同意してくれている。
「何だと?」
「な、何よ」
言われたから言い返しただけというのに、庵藤は頭に来たみたいだ。けど私が今まで色々言われ続けたことに比べれば軽い。私は悪くない。はずだ。
「何騒いでんの?」
そう言いながら近付いてきたのは、加奈だ。今学校に着いたらしい。
「うーん、紗希はアホだったのか、そうじゃないのか。論争してるところ」
うまく説明しようと悩んでから優子が答える。
「……何それ」
加奈が呆れるのも無理はない。私自身何でこんなことになったのか分からない状態だ。
「何だかよく分からないけど、試験近いんだしそれで決めれば?」
「え?」
「いいなそれ。負けたら罰ゲームだからな」
「……え? ちょっ……」
賛同するように庵藤が勝負を申し込んできた。ついでに罰ゲームを入れ込んでいるあたり、勝つ気満々のようだ。
「おお。何か面白そうだな」
「いいじゃん? その方が分かりやすいし」
な、何か皆勝手なこと言ってない?
そして、何で少し盛り上がっているのか。
「ちょ、ちょっと待って。私は……」
「何騒いでんだ? 席につけよー」
そこで都合悪く先生が教室に入ってきた。
「どっちが勝つと思う?」
「やっぱり庵藤君じゃない?」
皆そんなことを話しながら席に戻ってゆく。
「試験楽しみにしとくからな」
そんな捨て台詞を残していく庵藤に、私は何も言えないでいた。え、何この展開?
「……優子。もしかして私のせい?」
「……え、いや加奈のせいではないと思う。多分。紗希の運が悪いとしか……。紗希大丈夫?」
優子が席に戻る前に気にかけて尋ねる。
「大丈夫じゃないよ。何これ、私が珍しく早く来たから? もしかして撤回出来ないの? やだよ、罰ゲーム。絶対酷いことされるよ」
「お、落ち着いて紗希」
優子に助けを求める。肩を掴んでどうにかしてと揺らした。
「神崎静かにしろよー」
「あ、は、はい……」
しかし、ホームルームが進まないと困った顔で注意されてしまう。クラスの皆にからも注目を浴びる中、仕方なく今は大人しくすることにした。
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