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黒を司る処刑人
1:不安Z
「僕、難しいこと言ってるつもりはないんだけど」

 より強い圧迫感が感じられる。どうしたらいいか分からない。激しい動悸と混乱の中、結局私は、正直に答えるしかなかった。

「私は……」
「ん?」
「よぉ、遅かったな」

 久々に聞いたような気がした。実際は昨日にも会ったのだけれど。前方に立って、小指で耳の中を掻いていたのはギルだった。

「……あ……」
「これは、教えてもらう手間が省けた。久しぶりだね黒い処刑人」
「……知らねぇなお前なんか。特に、紗希が一人のときを狙ってちょっかい出してやがるような変態はな」
「それは聞き捨てならない。ちょっかいじゃなく、本当に分からなかったからだよ。自分で探すのは面倒なんで、だったら聞いたほうが早いんでね」
「……変態については否定しないんだな」

 そのつついた言葉に対し、ただ笑うだけで返している。

「やっぱり面白いよ君。ぜひ戦いたい。いや、殺してみたいといったほうがいいか」
「分かんねぇな。何でわざわざ回りくどい真似をする?」
「回りくどい?」

 よっぽど意外だったのか。濃くなってゆく圧力が少し緩んだ。

「不意打ちでも何でもしてくりゃいいだろうが」
「……なるほど。それは思い付かなかった」

 それは本気か、嘘か。まだこの執行者が掴めない私には到底分からない。

「でも無駄な労力は使いたくないんだよね僕は」
「……そいつぁ、どういう意味だ?」
「ギルっ……」

 勘に触ったらしいギルは、いつ飛びかかってもおかしくない。何とか止めようとギルの前に出る。だというのに、アッシュはあえて棘ある言葉を選んだ。

「分からない? 君は不意打ちするほどでもないと言ってるんだ」
「……もっかい言ってみろ。すぐにでも殺してほしいならな」
「ギル、お願い抑えて」

 私なんか構わず肩を押して退けるから、何とか腕を掴んで留める。本気になったらとても私じゃ止められない。

「あれ? もしかして処刑人ともあろう者がが紗希ちゃんの言いなりなのかな」
「あぁ?」
「駄目だって。貴方も挑発しないで」

 これ以上挑発したら本当にギルが仕掛けてしまう。

「も、もう用がないなら帰ってください!」
「ああ。忘れてた。さっきも言ったように不意打ちなんかするつもりはないよ。だから戦う日時と場所を決めようと思ってね。一週間後の丑三時、そうだなあ、あの公園でってのはどうだい? まぁ僕と殺し合う勇気があればだけど」
「上等だ。一週間後と言わずにこの場で殺してやるよ」
「だ、駄目だって」

 必死に引っ張っているのにギルはお構いなしだ。

「あははは。この場でもいいけど、目立っちゃうから止めとくよ。一週間後を楽しみにしてる。……その間に、しっかり傷を癒やしなよ」
「……!?」

 アッシュはそう言って去ってゆく。何もおかしなところはなく、普通に歩いて去って行った。その間、姿が見えてる内は、ギルは尚仕掛けていきそうで私は止め続けた。
 そうして何とか一触即発の事態は避けられたわけだが、アッシュが見えなくなってようやくギルが諦めると、さっそく矛先が私になってしまった。

「……ちょ……あの」

 頭に手を置かれている。わしゃわしゃと髪が乱れるように触れられてしまう。優子や加奈みたいに優しく撫でられるのとは全然違う。

「この……覚悟はいいよな?」
「……あ、あぅ。だ、だって。こんなところで戦うなんて。それにギルまだ傷が……」
「へぇ。それで俺が負けるってか」
「うっ……そ、それは……い、いたたたたたたぁ〜!」

 私が痛がってるのにお構いなしだ。ぎりぎりと頭を掴まれて締め付けられる。今日加奈に教えてもらった内容がいくつか飛んだかもしれない。

「うぅ、痛い……。せ、せっかく心配してるのにギルのバカ」

 頭がくらくらする。涙が出るくらい痛い。頑張って抗議するものの、ギルには全く効果がなかった。

「誰がバカだ。大体早く帰らないお前が悪い」
「へ?」

 むしろ怒られた。確かにもっと早く帰るべきかとも思ったけど。

「腹減った」
「……あ、そう」

 どうやらお腹が空いたから早く何か作れということらしい。最近何だか我儘が助長してきてる気がする。でもまぁ、今までも助けてもらってることを考えれば、これくらいなら安いものかもしれない。

「肉がいいな」
「分かったってば」

 食べたいものを主張するギル。といっても、材料なんかあったかな。
 この際豆腐ハンバーグでもいいんじゃないかと思う。ギルなら多分分からないだろう。まだズキズキと痛む頭でそんなことを考えながら、ギルと一緒に家の中に入った。

「あ、ねぇ」

 靴を脱ぎながら、思い付くままに声をかけた。

「何だ?」
「リアちゃんに会わなかった?」
「……。何で?」
「何でって、最近来てくれないから……」

 少し時が流れる。何か知っているのか。そんな風に思えた私はギルの言葉を待った。脱ぎかけの靴もそのままにして。
 いや、知っていることを話してくれるのを待った。

「あいつは……。いや、何でもない。俺が知ってるわけねぇだろ」

 ギルは、少し口を開くことを躊躇したあと、結局、何も話してくれなかった。それだけ言ってギルは自分の靴を指に引っ掛けて、二階に上ってゆく。タン、タンという足音がえらく単調だった。
 その足音がいつもより静かで、ギルにしては落ち着いていて、少し別の人を連想させた。
 その連想のまま、もしかしたらという想いに駆られ、私も急ぎ足で二階に上ってみる。けどいるのは、やはりギルだけだった。

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