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黒を司る処刑人
1:不安X
 思った以上に成績が危ういことを思い知らされ、私と優子はみっちりと叩き込まれた。普通にしてくれたほうがいいと言ったあと、それはそれはスパルタな感じだった。
 でもそのかいあってか、随分と知識は刷り込まれた。ように思う。

「ちゃんと帰ってからも復習すること。いい?」

 どうやら今日やったくらいじゃまだまだ不十分らしく、加奈から再三注意を受ける。試験までそう日があるわけでもなく、やらざるを得ないといったところだ。

「……はーい」

 帰り際にも釘を刺され、くたくたに疲れた返事を返す。確かにやらないといけないのは分かるけど、やっぱり勉強は好きじゃない。試験が終わったら遊ぼうと計画を立てて、ほんの少しだけでもやる気を起こした。
 また明日と加奈の家をあとにした頃には、空はもうとっくに紅かった。魔界の住人に巻き込まれないよう、早く帰らないといけないと思い立って早めに切り上げた結果だ。
 帰路の途中、優子と並んで歩きながら、復習も兼ねて今日やった問題を思い返す。

「ね、紗希。あれ何だっけ。言うまでもなくって」
「えっとね、to say nothing of〜だったよ」
「そうそれ。あーまずいなぁ。まだ微分もよく分からなかったし」
「それは私も苦手。基本ならいいんだけど、少しでも応用が入るともう分かんない」

 だよね。と優子が返す。加奈みたいに頭が良かったらなと思うが、叶わないことは願っても仕方ない。どこまでいけるか分からないけど、せめて赤点だけでも免れるように勉強しないとと思う。じゃないと赤点とった暁には、加奈にどれだけ怒られるか分かったものじゃない。

「……ねえ紗希」
「ん、何?」
「あ……いや、何でもない……」

 そう言って、優子は言いかけて遠慮した。何だか言いにくそうだ。

「私で分かる範囲なら答えるけど?」

 私は言い淀んでいた優子の背中を押してみた。もし私にも分からない問題であれば、復習しておかないといけない。そう思ったからだ。

「……本当? じゃあ……

 私が入院する前、私は何処にいたの?」


「え……?」

 一瞬、何を訊かれているのか分からなかった。

「前に三人で遊びに行って、カラオケしたあと、帰ってる途中までは覚えてる。でもその途中からが分からない。全く覚えてない。気付いたら病院のベッドだった。お父さんが凄く心配してて、でも何でそんなことになってるのか分からなくて。紗希なら何か知ってるんじゃないの?」
「な、何でそう思うの? 私なら知ってるって」

 どうしよう。全く予想しない質問に私は内心狼狽えていた。ただ余計なことは言えない。言ったら、優子がそれを知ってしまえば、私と同じ様に、魔界の住人に狙われてしまうかもしれない。

「それは……」

 優子が言い淀む。根拠はないはずだった。メリーから助け出したときは、クランツがうまくやっておくと処理してくれていた。
 加奈にも、私が何かを知っているようなことは、優子には絶対教えないように頼んでいたはずだ。

「……本当に知らないの?」
「う、うん。知らないよ」
「入院してたとき、夜に紗希と会ったのも?」

 エルゴールのときのことだと思う。

「……私は、会ってないけど。夢でも見たんじゃないかな」
「……うん。確かに夢……だと思う。怖い……夢……だった」
「その時は多分、慣れない病院生活で疲れてたからだよ」
「そう……なのかな。……ごめんね、急に何か変なこと訊いて」
「ううん、大丈夫」

 本当は全然大丈夫じゃなかった。次また追求されたら、うまく誤魔化せる自信がない。

「じゃあ、えとね。加奈が言ってた……」

 優子はそう言って、再び復習の話に戻った。心が揺らいでいた私も、切り替えようとして、今日やった内容を思い出す。
 でもそれは、無理があった。優子は不安になっている。病院に運び込まれ、自分がどうしていたのか不確かであったことに。
 私は、そんな当たり前の事実に気付けなかった。怖いはずなのに。何処かで、優子はもう大丈夫だと。強い娘だと思って、決めつけていたのかもしれない。そんなこと、あるはずないのに。
 そう気付かされてようやく分かる。すぐに元気になったと思ったのは、優子がそんな振りをしていたからだったんだ。そうでもしないと、不安で仕方なかった。でもそれももう、不安は募って押し潰されそうだったから、耐えられずに改めて私に訊いたのかもしれない。

「紗希ってば」
「え? あ、何?」
「……もしかして気にしてる? さっきの。ちょっと気になっただけだから大丈夫だって」
「うん……」

 ごめん。私にはそれしか出来ない。ただ心の内で謝ることしか。
 事実は絶対に言えなくて、謝ることを口にすることも出来ない。何か隠してることを優子にも知られてしまうことになる。
 そうなったら、優子はきっとどうしても教えてほしいとお願いするはずだ。そうなった時、私には隠し通せる自信がない。だから、何も言えない。
 ずっと、そうやって不安な思いをさせることになるのかと考える。それは、そんなことさせたくない。けど……。

 私にはどうすればいいのか分からなかった。


「見つけた。まずはあの娘に訊いてみようか」

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