黒を司る処刑人
1:不安
病院の一件からまだ日は浅い。まだ街の人々に、病院での不可思議な現象、また奇妙な事件は記憶に新しく、ちらほらと話題を耳にする。
「まぁ無事で良かったけどね」
「えへへ」
加奈の言葉に、笑って同意する優子。メリーにさらわれるより前のように、元気な姿には一安心といったところだ。
「とにかくもうすぐテストね」
「えっ!?」
話題の一つなのだろうが、加奈の一言に私と優子は驚く。
「はぁ。もしかしなくても忘れてたの? 中間テストあるでしょ」
言われてみれば、もうそんな時期になるのかと思い返す。まぁ色々あったからなぁと、心の中で言い訳してみたり。
「いつからだっけ?」
けどそんな言い訳が通るわけもなく、また言い訳として口に出来るわけもなく、準備万端にして臨むしかない。詳しい試験日を私が尋ねると、加奈は随分な不吉なことを言う。
「来週だけど?」
「うそ……」
と口にしたのは私と優子。
「今日三人で帰れるのは何でか、分かってないみたいね」
「ああ、なるほど」
いつの間にかテスト期間になってしまい、加奈も優子も、それぞれ委員会や部活がなくて今日のように早めに帰れているわけだ。
といっても、加奈はしょっちゅう委員会があるわけじゃないし、優子も退院したばかりだから部活は控えている。そんな時にテスト期間に入ってしまったようだ。
「そっかー。だから、今日から休みって先輩言ってたんだ」
優子の発言からして、部活が休みであることは知っていたが、その理由は知らなかったらしい。
「とにかくそういうわけだから、ちゃんと試験勉強しないと赤点取ることになるわよ」
「勉強嫌いなんだけどなぁ」
「そんなこと言っても仕方ないでしょ」
「でも、やっぱり数学はね」
優子が不満を口にする。私も苦手な数学だけは同意見だと言うと、加奈はなら……と提案する。
「一緒に勉強する?」
「ぜひお願いします」
「はやっ!」
加奈が驚くのも無理はないかもしれない。けど、あと一週間しかないと言われれば、加奈に頼るしかない。今の加奈はまさに、舞い降りた救いの神に違いない。
「誉めても別に何も出ないわよ? 大体誉め方が微妙だし」
「そうかな?」
あんまりうまくなかったみたいだ。
「じゃあさっそく、今日集まる?」
「いや明日から」
加奈の提案に、優子が前に来てきっぱりと断った。
「今日は何か用事とか?」
そんな風に考えて尋ねてみる。
「ちょっとね。やることがあるんだ」
「ゲームでしょ?」
「え、何で?」
あっさりと看破する加奈には頭が上がらない。まさか言い当てられるとも思っていなかった優子は、元気に飛び退く勢いで驚いて見せる。けど、ゲームという単語が出てくれば、私にも思い当たる節があった。
「そういえば優子前に言ってたっけ。早く退院して新作やりたいって」
「あちゃ〜。そういえばそうか。じゃあそういうわけで」
「何がじゃあそういうわけでなのよ」
ちょうど駆けようとする優子を、加奈がガシッと掴んで離さない。実に賢明な判断だ。一回走り出したら、私達では追い付くことは出来ないだろう。
「うぅ、だって今日久々に遊べるんだもん」
「テスト終わったらできるでしょ。紗希の家で勉強会。これならどう?」
「行く」
……えぇ?
「ちょっ、何で?」
「ほら。そろそろ前に拾った猫がどうしてるか気になるし」
確かに、優子と加奈は全然知らないはずだ。でも残念ながら、今は会わせることが難しい。
「リアちゃんならね。今は怪我しちゃって……その、安静にしなくちゃいけないから」
「え? そうなの? 酷いの?」
「うん。ごめんね」
実際のところは怪我が酷いわけじゃない。いや、確かに重傷だったのだが、リアちゃんも魔界の住人であるから、傷の回復は早かった。きっと、桔梗さんのおかげでもあると思う。動く分には問題はない。ただ……。
「んー、じゃあ私んちでやる?」
「じゃあそれで」
結果的には加奈の家でやることになった。とりあえず苦手な数学と、あと課題が出ている分を片付けることなりそうだ。
§
「……」
「覗き見デスか? 貴方にしてはあまり良い趣味じゃないデスね」
紗希を確認出来るぐらいの距離を取る。片膝を立てて高い位置に座るギルに、からかうように声をかけたのはスカルヘッドだった。
「見張ってるだけだろ。こうしてるだけで勝手に敵が見つかるからな」
高い建築物の屋上。柵の外側に座るギルは、振り返ることなく返した。
「……冗談デスよ」
柵の内にいて、背中しか見えないスカルヘッドは、機嫌の良し悪しが読み取れず、保険の意味でもあえて冗談だと口にした。
「傷は癒えましたか?」
「……まぁまぁだ」
わざわざ来て、そんなことを聞いて何のつもりだとギルは思う。後方のスカルヘッドを一瞥した後に答えた。ギルは警戒していた。スカルヘッドからの初撃をかわす程度の警戒は怠らない。つまり、ギルはスカルヘッドを完全には信用していなかった。
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