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黒を司る処刑人
【プロローグ】
 気分が高揚していた。わざわざ辺境な地に向かわされ、当初面倒だと思っていたのも今はない。

「クランツに聞いた通り……いやぁ、全部が全部とまではいかないか」

 処刑人と対面したのは初めてだった。もともと数少ない処刑人と顔を合わすことは珍しい。処刑人だけあって、今まででも最高クラスの殺気だった。執行者の立場だというのに、いつこっちが殺されてもおかしくなかっただろう。
 そんな消極的に考える男は、執行者であるアッシュだった。街中に溶け込めるよう、一般人と変わらない格好だ。裏路地からメインストリートへ堂々と合流しようとしていた。

「……おい」

 その瀬戸際、アッシュにだけ聞こえるように囁く声があった。

「……。テスティモか。何か用かい?」

 踏み入れかけた足を戻して、アッシュは裏路地へと戻りながら答えた。

「何でオレを呼ばなかった?」
「ん〜? 言ってる意味が分からないけど」
「テメェしらばっくれんなよ。こちとら待ってたっつーのによぉ。執行者のくせに何で手を出さなかったって聞いてんだよ」
「知ってるだろ。別に僕は、魔界の住人だからと言って殺したりなんかしないさ」

 テスティモはその物言いが可笑しく聞こえた。

「ギャハハハ、善人様みたいなこと言いやがって。違うだろうが。興味があるかどうかだろ。興味が出たなら様子見。そんな価値がないなら即殺し。生殺与奪って奴だな。神でもなったつもりか。堅っ苦しいクランツより、よっぽど悪だよテメェは」
「悪ってのはないんじゃないかい? そもそも悪なんてのは不確かなもんだよ。生きるものは皆、自分tp相容れないものを悪と定義づけるんだからね」

 アッシュは歩きながら問答した。まだテスティモの姿はない。大体の位置は分かるため問題はなかった。

「ほほぅ、それで悪ではないと言いたいアッシュさんは、どうする気なんだよ?」
「当然見極めるだけだよ」

 より奥へ進むアッシュの眼前には影がちらつく。一瞬テスティモかと思ったが、すぐに違うと認識した。魔界の住人だろう。何の焦りもなく、何の憂いもなく、さらには、歩を速めることもなくアッシュはゆっくりと近付いた。
 向こうもこっちに気付いたらしい。構わずさらに近付けば、その影は襲ってきた。

「おい……どうした?」

 異変を感じ取ったテスティモが問うた。

「敵だよ」

 楽に避わしたアッシュが日常会話のように返した。

「マジか。すぐに向かってやるぜ」

 テスティモにも焦りはない。待ってましたとばかりに、嬉しそうにしているのが声から分かる。
 アッシュは視線だけを僅かに動かし、横たわる人間を見る。その出血からもう生きてはいないことは容易に分かる。アッシュは冷静に、冷徹に判断する。狭い路地である此処では、動き回るには窮屈すぎる。二撃、三撃と攻防をしたのち、魔界の住人は壁を駆け上がる。

「おっと、逃がすわけないだろ」

 仮にも執行者だ。同じくして駆け上るくらいは訳はない。そして何より、アッシュは敵を追い詰めるこの瞬間が何より好きだった。

 意外に駆け上がるスピードは持ち合わせているらしく、なかなか速い。そんなに高いわけじゃないが、アッシュが最上階、つまり屋上に到達すると、その瞬間を狙って横に何かが一閃する。

「おっと……」

 仰け反ることで一閃をかわし、さらに重心がズレて落下しそうになると、備えつけられた柵に掴まることで難を逃れる。その体捌きは一朝一夕で身につくものではない。
 ようやく敵とのご対面である。
 人型のそれは、腕が六本あった。朱い目が八つ光り、まるで蜘蛛を連想させる。こちら側のモノではないことは明らかだった。

「何だ、オマエは?」

 いきなり襲ってきたわりに口が利けることは意外だった。

 「執行者だよ。あぁ、それと後ろ、気をつけたほうがいいね」

 アッシュは敵意を見せずに笑顔で答えた。

「……ナニ?……っ」
「ギャハハハ! 蜘蛛男か。期待外れだが我慢してやるよ。オレは選り好みしない主義だからよ」

 完全な不意打ちだった。背後からの一閃。蜘蛛男は抵抗もなく、振り向いたと同時に二つに分断された。

「な……んだと。オマエ……も……魔界の……」
「ギャハハハ! それがどうした。生憎そんなめんどくせぇ境界なんか考えたこともねぇよ」

 二つにされた躰(からだ)は風化していく。テスティモはそれを自分と同じ種族の死に際とは思わない。ただ、仕留めた標的。勝ち星の証程度にしか感じていない。

「助かったよ。テスティモ」
「ケッ、だからオレを置いていくなって言ってんだろうが」

 魔界の住人と組む執行者。執行者と組む魔界の住人。
彼らは、どの視点からもイレギュラーな存在であった。

「オレはこんな奴より、処刑人と戦りたいんだよ」
「分かってるさ。不思議とね、僕も同じ気分だよ」

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