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黒を司る処刑人
3:侵入V
 病院内の一室。診察室を陣取っているのは、一人の男と一人の女だ。

「くハは、あともう少しだな」

 男は堂々と部屋を明るくして、数本の試験管を眺めながら歓喜に打ち震える。白衣を纏う姿は一見、この病院の関係者であるが、全く違う。この男こそ、この病院を拠点として、人間どもを殺そうとその計画を進めている張本人である。
 その光る眼鏡から覗く細い眼光で、付き従うように側に立つ女を一瞥する。きぃと椅子を回転させ机から女に向き直してから軽い調子で言葉を吐いた。

「調子はどうだ?」
「……はい。異常ありません」

 女はか細い声で答えた。口を塞ぐマスクがよりそれを籠らせる。

「バカかお前は。誰もお前の状態を気にしちゃあいないんだよ。私の読みに狂いはない。着実にお前は壊れてきているよ」
「……はい」
「気にしてるのは蝿だ。俺の計画にたかる機関やら処刑人やら……だ。俺の計画には支障はもちろん、寸分の狂いも無くしたい。分かるな?」
「はい。追い返しましたので問題はありません」

 それまで淡々と会話を交していたわけだが、女のその一言で男は形相が変わる。

「今、何て……言った? ……追い、返した……だと……?」
「はいっ……あぐっ……」

 男は即座に女の首を掴む。椅子に座りながらだ。手首あたりが瞬時に伸び、ギリギリと絞めあげる。

「何故殺さなかった? 邪魔なウジ虫どもを排除するのがお前の仕事だ! そうだろう! 違うか! 違うなら言ってみろ!」
「……っ、ぁっ……」

 呼吸もままならない。苦しみ嗚咽する看護士は引き離そうと躍起になるが、いささか力が足りなかった。

「おっ……と。悪い悪い」

 女の苦しむ様を、今頃気付いたように手を離す。伸びた手ももう元に戻っていた。ちっとも悪ぶれた様子はなない。知っている言葉をただ並べただけだ。弱って崩れる看護士の代わりに、男は立ち上がって酸素を欲する女を見下した。

「だがお前が悪い。俺は言ったぞ? 敵が来たら殺せと。そうでなくても、体の段階を知るために適当に殺せと言ったはずだ。そうだろう?」
「……はいっ」
「それを何? 追い返した? 詳しく弁明でも言えるか?」

 呼吸を調えたあと、女は手を地につけたままゆっくり話し出す。出来るだけ分かりやすく伝えるために言葉を選んでいるのかもしれない。

「私が確認したのは一人の人間です。警察とは別に動いていて、私から接触しました」
「ニンゲンだと? 機関の奴らじゃないのか。もしくは処刑人か」
「恐らく違うかと……」

 男がそのことに何を感じ取ったのか。ふむと考える素振りを見せる。

「ご主人たま。侵入者が発見されまひた」

 その時、突如現れた黒い毛玉が跳ねながらやってきた。半周に届きそうな大きな口だけが確認出来るが、スチームウールのようなものだ。机に跳ね乗ってその小さな存在を主張する。徐々にその数は増えてきた。

「あぁ、やかましい。一度聞けば分かるわ。詳細を言え。分かりやすくな」

 男は小指でとがった耳をほじくり命令を下す。そして数十はいるであろう小さな毛玉たちが一斉に喋り出した。

「だあぁぁ! やかましいわお前ら。誰か一人が話せ」

 すると今度は誰が話すのか、黒い毛玉たちは相談を始めた。

「お前らはそんなこともすぐ決めれないのか! 魑魅ども! 脳味噌が小さいのはこれだから困るんだ。もういいお前が話せ」

 そう言って手頃な魑魅魍魎を見付けて名指しした。見た目はどれも同じで、男も区別など出来ていない。指したのは言うまでもなく適当だ。命じられた魑魅魍魎は少し戸惑いつつ、だが嬉しそうに話す。そして男の言うように、分かりやすく努めた。

「侵入者は三人。内二人魔界の住人。内一人人間です」
「おそらく処刑人の類だろうが、かぎつけるのが早いな。しかし人間というのは……。……人間……?」

 いまだ床に手をついてうつ向いている女を一瞥する。女の話と照らし合わせ、一つの推測を成り立たせた。

「あぁ。なるほど。やはり噂は本当か。処刑人が人間を使っているというのは。信じ難いがどうやら本当らしい……。十中八九、黒と称されてる奴だな」

 男は予定を書き記したノートを開く。ぺらぺらとめくって、書き殴ったような文字で埋め尽された黒いページを確認した。
 わざわざ処刑人のいる近くまで出向いたわけだから、攻め入られるのは当然だ。だが、いささか早すぎる。当初の予定とは大幅に狂い始めていた。

「どうやら探りにきたという人間が、処刑人と繋がっていた人間らしいな」

 男は視点をノートから女に移し変える。責められていると思った女は気まずそうに顔は下を向いたままだった。

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