黒を司る処刑人 2:探索\ 今からでも追い掛けた方がいいのか。それともリアちゃんが言った通りに帰っていた方がいいのか。私が待合の椅子に座ることも出来ず考え始めた時、その人は現れた。 「また、来てしまったんですね」 私は反応した。篭った声に。ナース服が見えた。徐々に顔を上げると、そこにはマスクをつけた看護士がいた。風邪を引いた源川さんじゃない。間違いなく、あの時すれ違った看護士だ。マスクで顔の全容は見えないけど、特徴ははっきりしていた。 少しつり上がる眼は不思議と威圧されることはない。高い鼻に白い肌。黒くさらさらとした長い髪と、恐らく美人さんだった。 「あ……」 「私を、探していたんですか?」 「はい。この病院で何が起きているか。貴方は知ってますよね?」 魔界の住人かどうかなんて私には判断がつかない。だけど、やっと見付けた手掛かりを、ここでみすみす見逃すわけにはいかなかった。それが出来たのは、私なりに、この人の敵意が感じられなかったからだ。私の問掛けに何が返ってくるのか待った。その時間は、どういう答えか私に予想させるほどだ。だけど実際耳に届いたのは、全く予想の範疇を超えていた。 「知ってます。だからこそ私は忠告しました。……また、犠牲者が増えたんですよ?」 「……!?」 犠牲者がまた増えた。一体誰のことを言っているのか。 そんな考えは一瞬で、ぞわっと寒気が走る。感じていた違和感が最悪の展開を示した。 「リアちゃんっ……」 「待って」 私がきびすを返してリアちゃんの後を追おうとすると、肩を掴まれ止められた。 「どうするつもりですか? 人間がかないっこありません。私はもうこれ以上……犠牲者を見たくないです」 悲痛な叫びだった。マスクで遮っていても、その心の訴えが感じ取れる。嘘はないんだと思う。リアちゃんが今危険であることも、魔界の住人が潜伏していることも事実に相違ないと思えた。なら、尚更である。 「それでも……」 「私が行きます。何とか、あの娘だけでも助けますから。だから今日は帰ってください。お願いします」 そう言われて、ぐいぐいと出口に追いやられる。あくまで人間の力だ。 「で、でも……」 「絶対にもう、ここには来ないで。もうすぐ完成するから」 「完成……って?」 人間と変わらない力だから、私でもある程度力の相殺は出来る。再び向き合って、私は気になる言葉を追及した。 「………」 しまった、とでも言うのか。流暢に帰るよう説得していた口が動かなくなる。 「お願いします。教えてください」 私は答えが聞くまで動く気はない。それを看護士も感じ取ったのか、観念したように話し始める。 「人が大勢死ぬための準備です。とても緻密で大掛りな……。だから、もうここには来ないで」 「そんな……。なら知らないまま診察を受けに来ている人は……。入院……してる人は……」 「……っ」 周りに聞こえてしまうと危惧した彼女は、遮るように私の両肩に手を置いた。ここが公の場所であることを、失念していた自分が軽率に思えた。 「今回だけ、今回だけ見逃しますから」 その言葉に私はふと気になった。この人はどっちの存在だろう。人間を殺すことに躊躇いがありながら、見逃すという言葉を使うことに違和感を覚える。 「貴方は、魔界の住人? それとも……」 「私は……人間じゃありません」 突如、グラリと視界が転倒する。その中で悲痛に歪む表情が見て取れた。マスクをつけていようが、関係なく、苦渋に満ちているその心を映していた。 薄れゆく意識において、何かが起こった。それは分かる。バランスが崩れ、意識が保てない。 気付けば私は自分の部屋にいた。ベッドで寝ていた。 まるでさっきまでのが夢だったのかと、そんなことさえ考える。 「起きたか」 そう言ったのはギルだった。部屋の壁に寄りかかって座り込み、膝を高くさせて足を広げている。腕は膝の上に乗せて伸ばしていた。 部屋の電気が点けられていたのでもう暗いことが分かる。目覚まし用の丸い時計を見れば、随分眠っていたようだ。 「紗希も動いてたんだな。とりあえず俺が分かったことを話す」 「うん」 先に話してくれたのは、あの時私はどうなったかだった。私が尋ねたからだが、それがなくてもギルは話すつもりのようだった。先に片づけられる疑問は解消するためだと言う。それは、ギルも私に今回起きていることを把握させるためだと思う。 「とりあえず何を使ったか知らねぇが、眠らされただけだ。ちょうど俺もあの病院を探っていたところだったが、あいつがわざわざ連れてきた」 あいつとは、マスクをつけた看護士のことだった。つまり、眠らされた私はそのまま、運ばれてギルに手渡されたらしい。いきなり人が倒れたから少しは騒ぎになったらしいが、病室に連れていく要領で自然に奥まで連れていかれたと言う。 [前へ][次へ] [戻る] |