黒を司る処刑人
2:探索
それは事件の報道だった。それがもし、全く関係ない事件だったら。この街の、あの病院なんかじゃなかったら。私は驚くことなんか一つもなかっただろう。それが間違いなくピタリと一致していた。あの病院だった。
入院患者が数人、殺されていた。被害者の部屋はどれも離れていた。同室の患者は全然気付かなかったらしい。殺された患者はベッドで、その白いシーツを赤く染めあげるほど、血を吹き出していた。被害者の名前が並ぶ。優子の名前がないことで、私はやっと落ち着くことが出来た。
警察は病院側に話を聞き、目撃情報等ないか探るらしい。でも、おそらくそれは無意味なんだと思う。多分魔界の住人の仕業だろうから。その異様である現場がそれを証明していた。人間とは違って、特定出来るような証拠は残らない。仮に残ってたとしても、どうしようもない。
あの医者が何かしてたのはこれの準備だったのかもしれない。そう考えると、何も出来なかった私は、今テレビに映し出された名前の人たちに申し訳ない。私に何か出来たら、こうはならなかったかもしれないのに。
携帯を手に取り、メールを打つ。加奈に送った。内容は、今日の授業ノートのお願いだ。
私は私服に着替えて、学校ではなく病院に向かうことにした。
早い時間に着いてしまい、もしかしたら病院は空いていないかなと思ったけど、この病院は随分と他と比べて早かった。警察も来ていて、邪魔にならないようパトカーが停まっている。
殺人が起こったからといって、急にこの大きな総合病院を閉めることも出来ないらしく、普通に診察は行われていた。
「あれ? 紗希ちゃん。今日学校は?」
「あ、源川さん。おはようございます」
とりあえず、どうしてるか気になる優子に会いに行く途中、私は源川さんと会った。まだ若いけど、白衣が似合う優秀な看護婦さんだ。と本人は言っていた。
「おはよう。で、どうしたの?」
カルテか何か、ファイル類を抱くように持ち上げ、余った右手で綺麗な黒髪をかきあげる。
「ちょっと風邪気味みたいで」
堂々とサボりだと言うのも躊躇われたので、診察を受けに来たことにしておいた。すると、源川さんは軽く溜め息を吐いた。
「嘘が下手ね、紗希ちゃんは」
「え……?」
「さすがに知ってるでしょ? うちの病院で何があったか。それなのに、わざわざ朝早くからうちの病院に来るなんて」
あ……。確かに殺人が起きたとされてるところに、わざわざ新たに診察を受けに来る人もいないか。と納得する。
「しょうがないけど、うちから他の病院に変わるっていう患者さんもかなりいるのに。特に同室だった入院患者さんはね」
諭すように推理する源川さんは聡明だった。私なんかのとっさの嘘では、誤魔化しは効かないようだ。
「友達が心配だった?」
「……あ、はいまぁ……」
先に言われてしまっては肯定するしかなかった。本当はそれだけじゃないけど。
「優子ちゃんなら無事よ。特に変わりないし。学校に行かないのはよろしくないけど、せっかく来たなら会ってあげて。それじゃあ私はまだ仕事があるから」
「あ、はい。ありがとうございます」
笑顔の源川さんはそう言って、早足で去っていく。もしかして急いでたのかな。私も優子のところに向かうことにした。
「……っと」
その時、携帯のバイブが震えたため、少し驚いてしまう。
「……あ」
加奈に送ったメールの返信だ。内容を読んで唖然としてしまう。
『どういう事? まさか今日学校サボる気? 紗希をそんな不良に育てた覚えはないんだけど。後でじっくり事情説明してもらうから。あとノートは任されたけど、今度の休みに埋め合わせもしてもらうから覚悟しておいて』
う、う〜ん……。これはツッコミを入れてほしいのかな。育てられた覚えはないって。それに、埋め合わせと称して休みの日に何を要求させてしまうのか、少し不安になる。とりあえず謝罪と感謝の旨を返して、改めて優子のところに向かった。
「優子?」
「あれ、嘘、紗希」
当然ながら優子は驚いていた。暇そうにベッドで転びながら漫画を読んでいた。
「えっ、どうしたの? 学校は?」
「ちょっとね、どうしてるか気になって」
「どうしてるかって、もうすぐ退院出来るから暇してりだけだよ? もしかしてあの事件で心配になった?」
「あ、うん。そんなとこ」
「もぅ。心配性だなぁ紗希は。何ともないって」
笑って元気だと言い張る優子は、本当に何ともないようだった。
「それより、加奈に怒られるんじゃない? 今からでも行ったら?」
「あぁ、いや。それならもうメールで怒られた。ノート頼んだら次の休みに埋め合わせしてって」
落胆したようにおどけて言ってみると、優子は面白おかしく吹き出した。
「あははは。加奈は真面目だからねぇ。私も一緒に行こうかな」
「まだ駄目なんでしょ?」
「いやいや、いざとなれば病院を抜け出せば……」
少し本気な気がする。
「ダメダメ。ちゃんとおとなしく寝てないと。それじゃあ元気みたいだし、私行くね」
「うん、またね……」
いつもと変わらず、明るい優子だった。もしかしたら、精神的にまいってるかもしれないと思ったのだが、それは杞憂のようだった。
優子ならそれぐらい、心配するだけ無駄だったかも。私はそんな風に楽観的にに考える。
「ありがと紗希。来てくれて少し、安心できた」
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