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黒を司る処刑人
1:御見舞い御一行様X
「それより、さっき病院であの医者を見たの」
「あ?」
「……っ」

 ガバッとギルが起き上がる。背を向けて寝転ぶギルに聞こえるよう、鞄を下ろして膝を落としていた私はかなり驚いた。少したじろぐ。

「だから、病院で見たって」
「……あいつか」

 再度確認するギルに私はコクっとうなづいて肯定する。そしてギルは何かを考え込む。

「あのヤロウ。何考えて……」

 ギルはその先も何か言葉を続けると思ったが、急に言葉を切った。

「つ−か紗希、何でお前が見たんだ?」
「え?」

 何でと言われても、普通に御見舞いで病院に行って、そこで偶然会った。何でと言われれば、それは偶然でしかない。

「言ったよな、アイツに近付くなって」
「……!?」

 ギルはゆっくりと立ち上がり、鋭い視線で見下ろしながら何やら指を鳴らしている。実に軽快に。口元は不吉に笑っていた。

「うぅ……」

 これは怒ってる。突然矛先を向けられて私は戸惑うしかない。

「俺の忠告も聞かずに、接触したんだなお前は」
「で、でも、わたひはら(私から)……ちひゃふいたんひゃなふへ(近付いたんじゃなくて)……」
「あぁ? 何言ってるかわかんねぇよ」

 そりゃそうだ。ギルがほっぺをつねるからうまく喋れない。離してくれても、まだジンジンとほっぺが痛む。赤くなってなきゃいいけど。

「私から近付いたわけじゃないし。迷ってたら偶然会っちゃって……」

 痛むほっぺを擦りながら話す。どうやらようやく終わったみたいだから、私は足を崩した。ギルもあぐらをかいて聞き入ろうと少し前のめりだ。腕二本で支えている。面白くなさそうな顔をしているのは気のせいかな?

「ふぅん。で? 何かされたのか?」
「えっ? いや、特に何も……」
「何も? まぁ……そうか。接触しといて紗希が此処にいるってのも奇跡だしな」

 え…? それはやはり、かなり危なかったのだろうか。生きて帰って来れなかったところだったのかもしれない。あの医者が、忙しいからと言っていたことを思い出す。何か率先してやることがあったんだろう。もしそうでなかったらと思うと、ゾッとした。

「何か言ってたか?」
「あ、今は忙しいとか……何とか」
「忙しい……ね」

 ギルは組む足に肘をつく。視線を逸らして何か考えてるようだが、私が先に尋ねた。

「忙しいって言ってたってことは、何かする気ってこと?」
「まぁ……十中八九そうだろな」
「友達がその病院に入院してるの。どうしたらいい?」

 ギルは何も言わずに立ち上がる。少し待ってみたが、そのまま窓を開けたので止めに入った。

「え、ギル?」
「その心配の必要はねぇ。あいつがいきなり人間を襲うことはない。が、何かはあるだろうから一応見てくる」

 そして、消えるように窓からいなくなる。風が入ってきて、ギルが読みかけだった雑誌がパラパラとめくられていく。
 心配しなくていい。それは、そのまま受け取っていいのだろうか。ギルの考えを疑うわけじゃないが、誤魔化したようにも思える。わざわざ視察しに行ったのだから。今までのギルだったら、確実に何か起こってから動いたんじゃないだろうか。
 本当に私は…何もしなくていいのか。その日、ギルが帰ってくることはなく、リアちゃんが来ることもなかった。

 そして、次の日の朝にもギルは姿を見せなかった。

「……何かあったのかな」

 いつも突然家にやって来る。それはそれで困りものだったが、いざ来ないとなると心配になる。リアちゃんも、昨日から姿を見せなくて、いつもより少し部屋の中が広すぎるようにも思える。

 久々に一人の朝だ。ギルとリアちゃんが訪問してきていつもなら騒がしい。それに比べれば、今日はかなり静かだった。起きてみれば勝手になくなる私の朝食も、今日は健在だ。自分で作らなくていいとなると、バタバタと慌ただしくなることもなさそうだ。時間にもかなり余裕が出来る。
 それだけ下りてきて確認する。着替えは後でいいか。食卓に並べて先に朝食を食べようと考えた。あまりの静粛が面白くない私は、気晴らしにテレビの電源を入れる。

「……っ!?」

 チャンネルを回してニュースになった時だ。私は手にしていたリモコンを落としてしまう。

「……嘘……」

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