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黒を司る処刑人
1:御見舞い御一行様
 ジリジリと焼け焦げるような暑さが来たらしい。まだ夏には早い筈だが、少し今年は少々来る時期を間違えているように思う。開いている窓から蝉の鳴き声を聞きながらの感想だ。

「今日も寄るのか?」
「え?」

 背後からかけられる声に反応して私は振り返る。本日の学生としての業務も終了して、帰る支度をしていたところだ。振り返って初めて誰か分かる。庵藤だった。

「見舞いに行くのかって訊いたんだ」
「あ、うん。今日も行こうかとは思ってる」

 意識が戻った優子は元気そうに過ごしている。ただ実際のところ、体調がよろしくないらしく、病院の医者の指示でしばらく入院することになった。様子を見る程度らしいので、心配はない。本人は、「そんな大袈裟だよね。病院なんてつまんないし」とのことだ。本当に心配はなさそうだが、ちょくちょく様子を見ることにしている。

「大変だな」

 そう言って鞄を担ぎ、教室の外へと向かう。何だったんだろ。よく分からない。まぁ分からないのはいつものことか。と流すことにした。

 今日は加奈も行くことになっている。担任から任された連絡用紙も持っていくので、一石二鳥だ。
 病院に入ると、まず思うのは涼しいということだ。すっかり暑くなってきて、外にいるだけで汗をかいてしまうが、中はやはりクーラーが十分に効いていて快適だ。ずっとこの涼しさの中にいる優子を少し羨ましく思う瞬間だった。

 既に何処の病室か知っている私と加奈は、真っ直ぐに優子のもとに向かう。

「こんにちは。今日も来たのね」
「あ、こんにちは」
「こんにちは」

 毎日此処に来ているわけではないが、私と加奈の顔はもう看護師さんには覚えられていた。挨拶くらいなら交す仲になっている。

「今ね。ちょっと騒がしい子が来てて」
「え?」

 特に話をする看護師さんの源川さんは困ったような表情になって話す。途中で言葉を切ったわけだが、実際困っていると続くだろう。「優子のところにですか?」
と、加奈が尋ねる。源川さんは、えぇ…と肯定する。

「でも、どっちかがボーイフレンドかもね」

 そう言って満面の表情を見せる。困っていたわけではないみたいだ。誰が来ているのかよく分からないが、優子の病室に向かうことにした。

 ドアの前に近付くと、嫌な予感がした。うん、この声は聞いたことがある。というか、今日にもう聞いたことがある。

「でさ、サキリンに言ったわけだ。僕は君のためなら命をかけてやるって。サキリンはそれはもう涙ながらにし……ぐはぁっ!」

 投擲した鞄が見事に当たる。予想を裏切らない狭山はその衝撃で沈んだ。

「何嘘言ってんの!」
「いや、これはサキリンの本心を代弁しただけで……」
「サキリン言うな!」
「病院で暴れるなよ。患者もいるんだから」

 熱くなる私を冷静に諭すのは庵藤だった。何で此処にいるのか。

「こいつに無理矢理引っ張られてきたんだ。文句なら啓介に言え」

 む、むむぅ……。

「わぁ〜、待った待った。皆で行ったほうが退屈じゃなくなると思ったわけで」

 めいいっぱい突き刺す視線を送るも、そういう風に言われれば強くは言えない。

「ほら、騒がしいから一旦これは置いて。これは優子に持ってきたもんでしょ」

 何とか制止していると、加奈が私から見舞いの持参品を取り上げる。どうやら、危うくそれで殴ろうとしていたらしい。大きなスイカだから、十分な凶器だった。

「……危ねえ奴」
「む、何か言った?」
「別に〜」

 後ろでパイプ椅子に腰かける庵藤が何か言っていたようだ。うまく聞き取れなかったものの、悪口であろうことは予測しうる。

「あははは。まるでコントだよねぇ。狭山っちの言うことはたいして信じてないから、紗希も信じなくていいから」

 すると今度は狭山が慌てる。まさかのカミングアウト(本人にとってのみ)に驚いている。何を今更……と、私と加奈、そして庵藤までがそんな表情をしていたのは滑稽でおかしかった。優子は食い下がる狭山をなだめるのに費やす。これじゃどっちが患者なのやら。

「……くぅ……やはり僕にはサキリンしかぁ!」
「何でそうなるの! てか、サキリン言うな!」

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