黒を司る処刑人
【プロローグ】
「イヤイヤ警戒しないでくだサイ。ワタシは味方デスよ。いやホントに」
甲高い声の持ち主は、降り注ぐ肉片の中を歩く。警戒するなと言うが、しないわけにはいかない。何者なのか分からないのだから。
「疑っているようデスね。敵じゃないデスよ。何を隠そう、ワタシは医者デスので」
現れた医者と名乗る者は、とても医者には見えない格好であった。全身を覆うようにフードを被っている。手には一本の刃物が握られている。メスだった。
その者の身に付けるフードが突然裂かれる。いや、自ら裂いたのか。
「どうデス。完璧に医者に見えますデショ」
実際は全然見えない。フードが深く被っているたせいで見えなかった顔も露になる。そのはずだが、実際はまだ隠れてしまっていた。白色の骸骨に似せた仮面をつけていたからだ。随分ゆったりとした服を着ていて、首もとは隠れてしまっていた。その上から羽織るように白衣を着込む。この白衣だけが医者であると結びつけていた。仮面の上からは茶色い髪が跳ねるように飛び出ている。
「骸骨の仮面……まさか……」
と、少し前に出るリアちゃんが呟く。その言葉を聞いて、目の前の者は嬉しそうに笑う。表情はもちろん窺うことは出来ない。
「そこのお嬢さんはご存知頂いているようデスね。光栄デス」
「知ってるの……?」
腰を下ろしている私は、威嚇するリアちゃんを見上げて尋ねた。
「魔界で一、二番目の腕前と呼ばれる闇医者。ただ……」
「ただ……?」
「……その変態ぶりから敬遠されてる……」
「……」
どう反応すればいいだろうか。とりあえず、医者ではあるみたいだけど、敵か、味方かの判別はつくはずもない。それはリアちゃんも一緒で、臨戦態勢を崩すことはなかった。
「ふっふふ〜ン。警戒は崩しまセンか。まぁ当然といえば当然デス」
医者と名乗る者は別に不快にも思っていない様子だ。顎に手をやり、何か考えているような動作を取る。
「でも、このままギルさんを放置は出来ませんよネ。死ぬ可能性もありデスから」
その通りだ。道具も何もないこんな所では、私に出来ることは何もない。帰るにしても、時間がかかりすぎる。ただ、気になる。ギルの名前を知っているこの人は本当に何者だろう。ギルが魔界では名が知れているのは知っているけど、それは処刑人としてだけだ。誰も、名前では呼ばなかった。
「どうしマス? 私を信じますカ?」
「私は、別に処刑人がどうなってもかまわない」
そう言うリアちゃんはより殺意を膨らませ、風を呼ぶ。でも私は……。
「……信じます。……だから、助けてください」
「紗希……」
「たぶん、大丈夫……。今はそうするしかない」
私達のやりとりを見て、医者はパンッと手を叩く。そして笑った。
「カッカッカ。なるほどなるほど。これはまた……。オーケー了解しまシタ。治療開始といきますヨ」
「ハイ終了デス」
え? もう?
あまりの早さに、何が何だかよく分からなかった。
「それはそうデス。企業秘密デスから、分からないようにしたのデス」
と、医者は言う。でも、本当に治ったのか、疑わしいことは確かだった。
「そこの猫さんも怪我してますネ」
「……私はいい」
と、信用ならないリアちゃんはきっぱりと断る。
「そうデスか? ギルさんは少ししたら目覚めますヨ。ではワタシはこれで……」
そして医者と名乗る者は姿を消す。リアちゃんが一息ついたとこを見ると、確かにいなくなったんだと思う。私はギルに駆け寄った。どれだけの早業か、出血はもうなく、包帯やら湿布やらが施されている。そして呻く声が聞こえた。
「……ってぇ……」
ゆっくりと目が開かれる。上から覗くようにして確認した私は訊いた。
「大丈夫なの?」
「……あ? これくらい、余裕なんだよ」
呆気に取られる。こんなにボロボロで、いったい何処が余裕だと言うのだろう。
「へらず口が叩けるなら大丈夫」
リアちゃんもそう保証する。ギルはもう起き上がろうと上半身を起こす。実にゆっくりな動作だ。そして何かに気付いたようで、私に尋ねてきた。
「なぁ。これやったのは紗希か?」
「違うけど……」
そう否定した途端、ギルの表情が変わる。いったいどうしたというのか。
「どんな奴だ?」
治療したのは誰なのか、と訊いているとに気付くのに、少し時間がかかってしまった。
「えっと、髑髏のお面をつけてて……」
それだけ言うと、何もかも分かったようだ。リアちゃんもそうだが、それほど有名な医者なのかもしれない。
「あのヤロウ……」
そう漏らしたギルの真意は、私には分からなかった。とりあえず動けるようになったギルは、空腹を訴えて帰ろうと切り出す。私たちは街に戻ることになる。ギルの背中に私が乗り、私の肩に、猫の姿へと変わったリアちゃんがうまいこと乗った形であった。
家に着いてから私は、疲れた心身を癒そうと考える。しかし、ギルのためにご飯を用意しなきゃならないらしい。
けど、その前にやることがあった。帰った途端、アリバイを工作したはずなのに、両親に詰め寄られることになる。そんなことになるなんてことをまだ私は知らなかった。
「カカカカ。処刑人が人間を味方につけた。なんて信じがたい話でしたが、本当だったんデスねぇ」
キラリと光るのは、髑髏の仮面。医者は身震いさせ、歓喜に狂う。
「これは楽しくなりそうデスネ。これから見逃せませんヨ。カッカッカッカ……」
その細い指で輪っかをつくる。まるで望遠鏡のようにその輪を通して眺めていた。医者もまた、山林から下山する。その動きはやはり人間ではない。ギルに近い速さで駆けてゆく。向かう先は、紗希が住む街。魔界の住人が密かに集う街だった。この者もまた越えてきたのだ。
医者だけじゃない。同時にまた集う者がいることを、紗希たちが知るのはもう少しあとになる。
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