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黒を司る処刑人
【プロローグ】
 高校二年の春の夜。
 家の近くに通じる裏通りに私はいた。学校で遅くなったため、近道を通ろうとしたのだ。けれど、早めていたはずの急ぎ足を止めてしまう。
 目の前に広がる惨状に、今までにない恐怖を覚えていた。

人の死体、多量の血。
そして……あまりにも現実離れした、無惨な現場の元凶である異形の生物。それらを目にしたからだ。

 一目でわかった。誰だってわかる。

 こんな……こんなの普通じゃない。

 私は、すぐにその場から離れ、何も見なかったことにしたかった。見つかるわけにはいかない。洩れそうになる声をしっかりと抑え込み、足りない酸素を求めた。呼吸を整え、逃げるために向きを変えた。

 だが突然、「異形の生物」は私を視界に留めた。音なんか出していない。慎重に動いたはずだ。地に広がる真っ赤な血跡に顔を向けていたはずなのに。

 言い訳じみたことを考える頃には、私はもう走り出していた。人じゃない。言葉が通じるとも思えない。
 恐怖しかない思惑を肯定するように、私を確かに追ってきているのが分かる。重い足取りと酷く耳障りな奇声が耳にしっかりと届いていた。

 私は必死に逃げた。少しでも遠くへ離れたかった。

 捕まれば、さっきのヒトたちと同じように殺される。それだけは、火を見るよりずっと明らかで、今までにない恐怖を感じた。助けを呼ぶ声もうまく出せないくらいに。

 どこへ逃げればいいのか皆目見当もつかなかった。ただ逃げる。助けを求めたいが、何故か誰も見当たらなかった。見慣れたはずの街並みも、今では出口のない迷宮のように感じる。いや、もうどこを走っているのかも分からない。
 後を追い掛けてくる「それ」は意外にも素早く、徐々に、しかし確実に私との距離を縮めてきた。

「……っ」

 住宅街に入る。角を左に曲がり少し進むと、私は、自分が間違いを犯したことに気付く。先への道はない。行き止まりだ。
 すぐに別の道へ行こうと後ろを振り替えると、角あたりには既に「奴」が追い付いていて、私は袋小路となってしまう。

「……や、ぁ」

 「そいつ」も、スピードを上げて追い掛ける必要はなくなったことを理解したのか。ゆっくりとした動きで私に迫ってくる。

 「それ」が近付くにつれて、私は後退していく。背後には高い壁がある。もうどうしようもない。頭では分かっても、震える足は、しっかりと距離を取ろうと必死だった。

 背に壁が当たったのが分かる。もう下がることも出来ない。それでも、「それ」はゆっくりと距離が縮める。目の前に来て、ようやく「それ」の姿が鮮明に映った。

 「それ」は、三メートルはありそうな身長を持ち、腕や足が無意味と思われる程長く、人間とはほど遠い構造だった。
 顔はまるで髑髏のようだ。頭から体まで毛らしきものは一本も生えていない。もともとの体色は白いように思える。ただ今は、多量の返り血で紅く染まり上がっていた。特に、口に相当するであろう部分が……。

 すぐに「それ」は私の真ん前に立つ。
 私は圧倒されてしゃがみこんだ。足が震え、体を支えることができなくなる。逃げ道は封鎖されてしまった。

「……や……嫌」

 私は必死に拒絶の意思を見せる。しかし、それは無意味だった。一瞬、ニタリ……と笑ったかと思うと、「それ」は長い右腕を大きく振り上げた。

(……殺される!!)

 そう思って、反射的に私は目を瞑った。身を小さくして腕を前に交差させる。精一杯の、最後の抵抗だった。

「……アアアアアァァ!!」

 突然、私の耳に奇声が襲う。だけど、ただそれだけだった。

「……えっ?」

 私は一旦閉じた涙目を再び見開いた。
 するとそこには、長い右腕を失った異形の生物が、声を上げて苦しんでいた。

「よぅ。ようやく会えたな。うまいこと隠れやがって」

 何処から現れたのかはわからない。いつの間にか、少年が化け物の向こうにいたのだ。

「……キ、キサマ。処刑人か……!」

 「それ」は、うずくまった体勢から髑髏の様な顔だけを上げて、聞き取りづらい声で言葉を口にする。

「あぁそうだ。お前は此処で死ぬんだ」
「クク……」

 「それ」はきびすを返す。私ではなく、彼へと向きを変えた。そして、小さく笑ったかと思うと、失った右腕が切り口から一瞬にして再生していた。その際、妙な液体が再生した腕から垂れていた。

「さっきは不意をつかれて驚いただけだ。そう簡単に、殺られると思うか? キサマなんぞ返り討に……!?」

 最後まで言い終わる前に、大きく長い腕が二本、地に落下する。今度は片腕だけではなく、両腕を失っていた。一瞬の出来事で、どうしてそうなったのか分からなかった。

「ナ、何……!?……イ、いつの間ニ……?」
「遅ぇな、お前。安心しろよ。お前が気付く頃には、きっちり殺してやるからよ」
「……マ、待て……!?」

 次の瞬間には、異形のモノは切り裂かれていた。目に映るのは、原型を留めない、なれの果てだった。

 だけど、私自身はこれで助かった。現状の理解をすることは到底不可能だったが、殺されることはもうないはずだ。

「あ、あの、ありがとう……」

 少年の外見が、人間だったからだと思う。少し安心したのだ。私は恐る恐るではあるけど、感謝の言葉を述べた。それに、現状の理解は難しくても、彼に救われたことには変わりなかったから。

 彼は顔を向けて、そして妖しい笑みを浮かべて言った。

「あぁ、死んでなかったのか。身動きひとつせず、声もあげないからてっきり死んでるものかと。まぁ、見られたからには仕方ないか」
「……っ」

 息が止まった。
 明らかに化け物と呼べる、異形のモノを殺したのが、目の前にいる少年なのだ。それなのに、外見に騙された。味方だと勘違いした。私はあまりにも、気付くのが遅すぎた。



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あきゅろす。
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