彼女の好きなものについて
うあ、なのか、ふあ、なのか、そんな感じの声が上がって、丁度バーガーに齧り付いた所だったらしいレオさんが、ファストフード店の宣伝広告みたいになってこっちを見ていた。
「ご、ごめん」
喉に詰まらせそうになった口の中身をコーラで流しこもうとして失敗したらしく、レオさんが激しく咳込む。食べかけのバーガーは元通り、とはいかずに雑に包み紙で覆い隠されていた。
「どうかしましたか?」
「いや…いたんだね、こっちにいると思ってなくて」
ツェッドさんは、と尋ねられ急な呼び出しに慌てて出て行ったむねを伝える。
「レオさんがもう戻る筈だからって」
「あぁ…そういえばさっき今どこなのか聞かれたっけ」
あ、違うんだそうじゃなくて、と彼は手を振った。
棒立ちのままじっと言葉を待つ私に、指はちょっと困ったように頬を掻く。
「ごめん…」
何がだろう。
謝られる心当たりもなく、急な謝罪の言葉に首を傾げると、その眉がさらに下がった。
「…君の前で食べるのは、ちょっと気が引けるなって」
「…あ、すみません。誰かが何かしてると、つい見ちゃうんです。食べにくいですよね…」
「そういうんでもなくて…ほら、…君は食べられないじゃない?」
言ってその指は私を指した。ゆっくりと目を瞬き、指の先を見つめる。
向けられた爪の形がきれいだ…。
「……気にしてなかったなら、いいんだけど」
尻すぼみになる声に慌てて逸れた思考を引き戻す。
「あの…大丈夫です。匂いも分かりませんし、お腹も空かないので」
だから冷めないうちに食べて下さいと両手をバーガーに向けて差し出す。
まだ少し遠慮がちにこちらを窺いながら、レオさんはぐしゃぐしゃになっていた包みを開いた。あぐ、と大きな歯型のついたそれをもう一口頬張って飲み込むまでの一連の動作をまたじっくり見つめてしまい、食べにくいと苦笑される。
ちょっと何かを考えるような間を空けて、レオさんはちょいちょいと私を手招いた。近くへ行くと、その手がソファのクッションを軽く叩いたので、促されるまま隣に座る。
「これでよし」
そう満足気にふにゃりと笑った彼のほっぺたにバンズのかけらがついている。
あ、と手を伸ばしかけて、触れないと気付いて引っ込めた。一瞬不思議そうにしたレオさんは、あぁと指でそれを払った。すごいなぁと思う。こうやって口にしなくても意を汲み取ってくれるところが。
実はレオさんって物凄く人をよく見ている、というか、優しい人なんだと思う、すごく。
柔らかな思いにつられて頬も弛む。
「レオさん、私…見てるのが結構好きなんです。食べてるところ。皆さん美味しそうに食べるから」
それに、嘘みたいに次々とご飯が消えていくその食べっぷりを見ているのも面白い。
それを思うと食べたいような気もしてきましたと言えば、レオさんが小さく噴き出した。
「そういえば、前にツェッドさんが食べてるの熱心に見てたよね」
「えっ」
ぽんっと一気に顔に熱が集まった気がした。たぶん、気がするだけだと思っていたら、紙袋から取り出したフライドポテトを口に入れようとしたレオさんが「…あ。赤くなった」とまるでテレビの画面でも見ているような調子で言って、特に気に留めた風もなくもそもそとそれを食べ進める。
「……あの…か、可愛くて…」
齧る動きに合わせ上下に揺れていたポテトの先がぴたりと止まったかと思うと、レオさんが激しく咽た。宙を舞ったポテトが、咄嗟に受けようとした手の真ん中を擦り抜けて床にぽとりと落ちる。
「………あの、男の人に…変かも知れませんけど」
可愛くて…と再度呟いた私に、咳込み過ぎて浮かんだ涙を拭い、コークをぐびぐびと流し込んでようやく一息ついた様子のレオさんが「うーん…」と眉間に皺を寄せながら床の上のポテトを拾い上げた。
「………こう、」
そんな彼に向け、重ね合わせた両手をぱっと開いてみせる。
「ぱかっとするのが。で、閉じるのが…」
そのぱかっと感を再現してみたつもりが、九十度くらいにまで首を捻った彼は難しい顔のままその手を見つめたかと思うと、不意にパッと顔を上げ、わは、と笑って見せた。
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