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校舎の裏に回って、鍵を開けっ放しにしていた保健室の窓から身体を滑り込ませると、音をたてないようベッドの上に着地した。持っていた靴を床に下ろす。
グランドの喧騒とはうって変わり、こちらは物音ひとつせず静まり返っている。保険医はまだ外出中のようだ。

ベッドにダイブし顔を埋めてシーツの柔らかさを堪能する。病院のそれにも似た薬っぽい匂いがした。ずっと嗅いでいると潔癖になってしまいそうな匂いだ。夜の町ではまず絶対に出くわさない匂い。


「あーぁ、もったいないな…」


抱えた枕に顔を埋めてベッドの上を転がる。
と、ぴたりと動きを止め葵は大きく息を吸い込んだ。
清潔で真っ白な匂いの中にくすんだ煙草の臭いが混じる。

あぁ…まずい…。

匂いが消えるまで教室には戻れない。取り出したガムを口に放り込むと、強いミントで舌がピリピリした。






「あ、凌さん」

「あ?」


普段被っている愛想の仮面なんてかけらも残らない声で答えたのは、名前を呼んだ人物が愛想なんてこぼしてやる必要もない人物だったからだ。

誰かなんて見なくても分かる。
凌のことを下の名前で呼ぶのは、この学校には二人しかいない。
そしてそれが可愛い従弟の声でなければ、声の主は


「何の用だ」

「いえ、別に、ちょっと呼んでみただけなんですけど」


声をかけただけで睨まれ、シリクスこと冴木敬大が苦笑すると、その横で芹沢がくすくすと可愛らしい笑い声をあげる。


「よお芹沢」

「こんにちは加賀巳先生」


連れ立って何処に行く気かと敬大が手をかけている引戸のプレートを見る。
そこにはゴシック体で保健室の三文字があった。


「…おい。お前こんなとこに何の用だ。まさか芹沢を連れ込んでよからぬことを…」

「考えすぎですってば凌さん、俺達葵さんの調子をみに」


さっき見たばかりのユリウスの顔がフラッシュバックした。
苦虫を噛み潰したような、とはこういう顔のことを言うのだろう。しかめっ面をして凌は掴んでいた敬大の襟元を離した。


「なんか葵さん体調悪かったみたいで」

「知ってる」

「え、なんで知ってるんですか?」


不思議そうに聞き返されても凌は応えない。もうこれ以上関わる気などさらさらないのだから。


「凌さん?おーい、凌さ、ぶっ!?」

「うるせえよ」


覗きこもうとしてきたムカつく顔を押しやり、凌はさっさとその場から立ち去った。





あきゅろす。
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