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とにかく、と凌は気を取り直して咳払いをした。
「持ってる分全部出してもらおうか」
手を出すともちろん「えぇー」という抗議の声が返ってきたが、知ったこっちゃない。
「さっさと出せ。言っておくが次はないからな。生徒指導室に放り込まれたくなかったらこれっきりに…って言ってるそばから吸おうとするな!」
すかさず次の煙草を取り出した葵の頭を引っぱたくと、スパーンといい音がした。
が、自分を見上げるその顔にすぐさまハッとした。
やべ、まさかこいつ本気で筋金入りのお嬢様か?
さすがに女の子相手にはどうかと思うが、割とよくあるタイプのつっこみだったにも関わらず、葵は呆けた表情で凌を見上げた。まるで今何が起きたかわからないとでもいった風に。
まさか今まで叩かれたこともないとかいうんじゃ…。頼むから泣くんじゃねぇぞ。
「………」
「…おい?」
「ちぇ、もう思い残すことのないように最後の一服をしようと思っただけなのに」
「は?」
今度は凌がぽかんと口を開く番だった。
さっきの妙な空気はどこへやら、あっけらかんと葵は煙草をくわえ直す。
課せられた役目を果たすべくライターがシュボッと火を噴く音。
「あ。ちょっと」
「だから、そもそも吸うなっての!」
首を傾げながらも冷静にライターを取り上げると、葵は口を尖らせた。
「だって考えてもみてよ、さっき何も考えないで吸ってたのが最後の一本なんて悲しすぎると思わない?」
「ちっとも思わん」
「えー、先生になるんだったらもう少し生徒の気持ちを考えられるようにならないと」
「じゃあお前はもう少し自分の立場を考えるんだな。次やりやがったら指導室に放り込んでやる」
今大人しく渡すなら見逃してやるっつってんのに。
手を出し早く寄越せというジェスチャーをすると、葵はかなり不服そうな顔をしたものの最後には渋りながらも残りの煙草を手渡した。
まったく、最近の高校生は。
そういう自分も数年前には高校生だったことなどすっかり棚に上げ、ぶつぶつと文句を言いながら没収したそれをシャツの胸ポケットにしまっていると、立てた膝に乗せた両腕の先をだらんと垂らしながら、「ねー」と葵が気だるげな声をあげた。
振り向けば、葵の視線は凌ではなく合わせた両手の指先に注がれている。
「突き出す気ないの?指導室。私別に行ってもいーよ」
「バカ。見逃してやるって言ってんだから素直にありがたがっとけ」
泣いて喜ぶ場所なはずだが、何を考えているのか葵はじっと無表情に自分の手を眺めたままだ。ませてはいても、なかなか感情を表には出しにくい年頃なのかもしれない。
「ま、これを機にタバコはやめとけ。ロクな事ねーから」
「あ、やっぱり?先生の例もあるし、さすがに匂いとかでばれちゃいそうだもんね」
「…違う。女子が吸うもんじゃないだろ。仮にも女になったんだったらもっと身体を大事に……、っ!!」
しまった!俺は今何を…!
失言に凌は思わず口を押さえた。“仮にも女になった”なんて普通使わねえだろ。
「…ぷっ…あははっ、“大事に”だって!先生可愛いこと言うね」
「はぁ?あ、てめっ!!」
急に足をバタつかせながら葵が笑いだした。そして困惑する凌の胸ポケットから没収されたばかりの箱を素早く引き抜いたかと思うと、掴みかかる手をひらりとかわし、ブレザーのポケットから取り出したペンで何やら書き始める。
終わるなりぽいっと放り投げるものだから、凌は反射的にそれを受け止めた。
「いいよ、煙草はやめとく。それも先生にあげるよ。じゃあね」
ふふ、と妙に大人びた笑みを浮かべて階段を降りて行く葵の髪が風に靡いた。下から吹き上げる風に栗色の髪が広がる。大きく宙を舞ったそれは、まるで鳥が大きく翼を広げているかのようだった。
はっとあることに気付いて視線を下に落とすが、葵はしっかりとスカートを押さえていた。
そのぬかりの無さに、凌が内心で舌打ちをしたのは言うまでもない。
何度も言うが、ユリウスのパンチラになんか興味はない。
興味はないが。悲しいかな、男の性だ。
最近の子はませ過ぎてやしないだろうか。やがて足取りも軽く去って行った葵の後ろ姿が校舎に消えてしまうと、凌は受け取った煙草の箱に目を落とした。
「マセガキが…」
予想どおり、丸みを帯びた桃色の箱には11桁の数字が綴られていた。
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