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考えるよりも速く、腕を掴んでいた。
疑問がすぐに後悔にとって代わる。引きとめたはいいが、どうする?
口を開きかけたまま停止した凌の腕をなぜか葵が引き寄せた。
頬に柔らかい唇が触れる。
「っ!?」
驚いて、凌は飛退くように身を引いた。そうでもしないと葵を突き飛ばしそうだった。実際手は突き飛ばす寸前まで上がったが。
頭の中がパニックを起こす。
あった、前にもこういうことが。
へらへらしてたユリウスが、不意を突いて頬にキスしてきた事が。
頬に手をあて驚愕の顔で固まっている凌にクスッと笑いかけ、葵は背を向けた。
「それじゃあね、オニーサン」
ひらっと手を振って、薄茶色の髪を靡かせた背中が曲がり角の向こうへと消えて行く。
残された凌は、我に返るなりごしごしと頬を擦った。それもかなり丹念に。
なんてことしやがるあの野郎…。やっぱりちっとも変ってないじゃないか。
内心で舌打ちをして、擦り過ぎて少し赤くなった頬を押さえて歩き出そうとした凌だったが、三歩も進まないうちにハタと足を止めた。
ちょっと待て、ここはどこだ。
いつの間にか連れてこられていたのはまったく見覚えのない道だ。辺りには知っている建物もなく、どの方向へ行けばいいかさえもまったく見当がつかない。
サッと頭から血の気が引いた。
「待て、葵!」
急いで踵を返して彼女の後を追う。幸いなことに彼女はまだその角の先にいた。
「葵!」
大声で呼んだが、彼女は振り返ることなくさらに入り組んだ道に入って行こうとする。
いかん、このままじゃ見失う。
「……っ、道が分からない!」
これが大の大人が口にする台詞か。
叫ぶのにはそうとう量の恥が伴ったが、背に腹はかえられなかった。
冷静になって考えてみれば、元いた場所からそんなに歩いたわけではなかったし、少し辺りをさ迷えば簡単に帰れたのかもしれない。
けれど、俺はあいつを呼んだ。
壁の向こうへと消えて行くその後ろ姿に、どうしようもなく不安をかきたてられて。
シンと通りが静まり返ったように感じられて数秒。
「もー、だから違うってば」
困ったような笑い声とともに、曲がり角の陰から葵が顔をのぞかせた。
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