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「ねぇ…あたし…」
「ダメ」
ダメってあんた…。
切実な願いは口にする前にすっぱりと両断された。しかも無駄に可愛く。
しかしそんな可愛さが嘘のように切原が睨みをきかせてくるから、あたしはしぶしぶドアノブに手をかける。
でも分かってる。この扉を開いたら終わりだ。
やつの目的はきっとあたしを部活のメンバーに紹介することだろうから、ここで逃げておかないともう引き返せなくなる。
言うんだあたし。きっぱり。協力はできませんって。
ためらえば、世界が終わる。
よし、とあたしは大きく息を吸い込んだ。
「あのね切原、この間の話なんだけどやっぱり、」
「あぁもう早くしろって」
「ちょ!?」
ドアノブを離そうとしたあたしの手の上に切原の手が覆いかぶさる。
思わず固まった次の瞬間、その手はあたしの手ごとノブを握り、開いてはいけない扉を引き開け…
「…え」
「うわ…」
そこにあったのはおそらくテニス部員であろう顔ぶれ。それに加えて、細いのにしっかりと筋肉のラインが浮かぶ二の腕と胸板、うっすら割れた腹筋――――…
「ふああああっ!?」
目に映ったものを脳が認識するなり、あたしは奇声をあげながら持てる力全てを込めてドアを押した。
バァン!!という衝撃音。逆に跳ね返って開きそうなほどの勢いでドアは閉まり、中にあったものを封じ込める。
は、半裸!半裸がいっぱいいた…!
そりゃそうだ部室だもん着替えもするよね!でもせめて人連れてくる前に終わらせとけよ!ていうか男子更衣室覗くとかあたしこれ反対!ていうか変態!?
あまりのドッキリにばっくんばっくんいってる心臓を押さえつけて、あたしはヘロヘロとしゃがみ込んだ。横で堪える気も無くふきだした切原に拳骨をお見舞いしてから。
うかつだった。そうだよここは男子部部室じゃないか。せめて切原に中の様子を確認させればよかった。いや違う。そもそもがああで、あれがあの時うわああああ、っていうか思わず悪魔に手あげちゃったよああもう信じらんないあたしのバカ…!
恥ずかしいやら情けないやらで頭を抱えて蹲るあたしを余所に、さすがは男の子。当たり前だが動揺一つせずに切原はドアを開け中へ入って行った。
「先輩達まだ着替えてたんスか」
「お前の帰りが早すぎるんだろぃ」
「お前がテニスボールぶちまけたからだろ。悪い赤也、すぐに着替えるからちょっと待っててもらってくれ」
ぼそぼそとそんな会話が聞こえてくる。
部室なんかに連れてきて、切原はいったいあたしをどうするつもりなんだろうか。終わったなあたし…もう色々終わった。
はたしてあとどれくらい平和な学園生活を送れるのか。それとも既に切原に目を付けられた時点であたしの学園ライフは破たんしたんだろうか………ってちょっと待って、もしかして今って逃げるチャンスなんじゃ…?
せめてもの憂さ晴らしに落ちていた小枝でざくざくと地面に穴を掘っていたあたしは、ハッと鞄を掴み立ち上がった。
切原は部室に入っていったっきりだし、今なら誰の目も無い。
おぉ神よ!まだ見捨てられてなかったなんて感激です!
ちょっと救いの手が遅すぎる気もするけど、この際文句なんか言ってられない。逃げおおせるならそれで十分だ。
言う通り一緒に部室には来たんだし、もういいよね?いいよ。帰ろう。
胸の前で手を合わせ、音をたてないことに全神経を総動員して逃げ出そうとした時だった。
「気が短いのう」
男のくせに、どこか色気のある声があたしの足を止めさせた。
「…に……仁王…?」
冷や汗を流しつつ顔を上げる。それを見てニヤリと口の端をつり上げた仁王は意外にも、身構えるあたしの横をするりと抜けてドアの前に立った。
見逃してくれるのだろうか?
てっきり連れ戻されると思っていたものだから、あっさりしたその態度にあたしは逃げるのを忘れぽけっとその後ろに立っていたが、
「赤也、目離したら逃げられるぜよ」
「へ?」
その言葉を聞くやいなや、中から切原が顔を出すのを確認する前にあたしは脱兎のごとく駆けだした。
くそっ単に面倒だっただけなのね!
心の中で悪態をつきつつ全速力で校門へ向かって走ったが、それも束の間。
所詮本ばかり読んでいるようなインドア野郎が運動部の鍛えられた脚力に敵うはずもなく、
「ちょーっと待った!」
「ぎゃああっ」
「協力してくれる約束だろ」
「ま、まぁ、そうだったような…そうじゃなかったような…!」
できればまるごと白紙に戻してほしいのですが。
羽交い絞めであっけなく捕獲されたあたしは、息一つ切らしていない切原に再度部室へ連行される羽目になった。
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