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鋼の錬金術師


 異変が起きたのはその夜でした。

 ロイが部屋で休んでいると、突然部屋の窓が開き、荒れ狂う風に煽られたカーテンがバタバタと激しく音を発てました。
 騒音に目覚めたロイが窓を見遣ると、カーテンはまるでロイを誘うかの様に棚引き揺れ動いていました。
 其れに誘われる様にロイは生き物の様に纏わり付いて来たカーテンを押さえ付けバルコニーへと出ました。

 不思議な事にこんなに風が強いのにも関わらず、窓の外の木々は静寂そのもので、葉っぱ一つ揺れてはいませんでした。

「御機嫌よう、マスタング王──」

 背後から突如聞こえて来た老婆の声に驚き振り向くと、其処には呪われた森の魔女が立って居ました。

「──…貴女は?」

「そうか、お主記憶を無くしたか」

 魔女は愉快そうにおどろおどろしい高笑いを発するとロイを醜く拉げた指でロイを指差しました。

「私はね、願いを叶えてやった者の運命、その後を視るのが好きなのさ。
お前さんは愉快な物を視せてくれると思っていたがね。……だのにお前さんと来たら全然私を愉しませてはくれはしないじゃないか──。
だから態々私自ら出向いてやったのさ。
そうしたら……、記憶を失っていたか」

「何を言っているのか解らない。私は貴女に何を願ったと言うのだ?
その為に私は記憶を無くしたと言うのか?」

「その通り!
お前さんの願いは何とも愚かな願いだったよ。
そう、‥‥実の息子を我が物にしたいと、お前さんは確かに私にそう願った」

「実の……息子を、我が…──物に?」

「ヒャッハー!! 忘れたか!?
己の狂気を都合良く──!」

「どういう事だ?」

 森の魔女は、ロイが訊ねるのを無視し腹を抱えて笑うばかりでした。

「どういう事だと訊いている! 答えろ!」

 怒りを露わにしたロイに漸く笑うのを止めた森の魔女は言いました。

「そうそう、その傲慢さ。其れが私がお前さんの願いを聞いてやろうと思った決め手だった。
お前さんなら私が満足する様な喜劇を演じてくれると思ったからねぇ。

── 私を余りがっかりさせないでおくれよ、ロイ・マスタング!!」

 魔女は深い皺に埋もれる小さな眼を驚く程に見開き、持っていた杖をカツンと地面に打ち鳴らしました。

「私の力でお前さんの記憶を戻してやろう」

 森の魔女は嗄れた声で言うと、ロイに近付いて来ました。

「私に記憶など不要だ。
頼む、私は今の生活に喜びを感じているのだ、エドワード様のお側に居させてくれ!」

「ヒャハハハハハァ! エドワード"様"!?
可笑しくて腹が捩れるわっ」

「願いを叶えてくれるなら何でもしようッ!!」

 必死に懇願するロイを森の魔女は冷たく見下ろしました。口元には歪んだ笑みを湛え、歯の欠けた皺だらけの口唇を舌嘗め摺りすると、

「お前さんはあの時もそう言ったね。"何でもする"と……。
私はちゃーんと教えてやった筈だがね。
どうなっても知らない‥ってねぇ」

 そう言い退けました。

「教えてやろう。ロイ・マスタング。貴様の息子はエドワードだよ」

「何?」

「記憶を取り戻せばはっきりとするさ、エドワードのお前への愛情が何なのか。
……その時お前さんはどうするのかねぇ?
また己の狂気にエドワードを焼き焦がすのか?
──私にその様を存分に視せてみよ。マスタング王」

 ロイは森の魔女の言葉にその場で膝を突き打ちひしがれました。

 ────私は何て愚かなのだろう?
 全ては私が望んだ結果なのか?


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あきゅろす。
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