おもいびと
◆無常1
二月。
二次試験を控えて三年は自由登校期間に突入した。
医大の二次試験が残っているおれも受験勉強に専念する。
けれど、それでもおれはまだ学校に通い続けた。
教室では勉強に集中できないから、図書室がおれの居場所となった。
受験とともに、卒業も近づいてくる。
この学校に通うことも無くなるかと思うと、それなりに名残惜しい。
この制服を脱いで、また新しい制服になじむまで、いったいどれだけの時間が必要なのか。
そんな感傷に浸っては、想い出を焼き付けるように、校内での何気ない日常を意識してみた。
校舎に向かう朝の制服の群れ。
黒板に向かって並べられた机の列。机に腰かけて談笑する連中の陽気な笑顔。
誰もいない体育館で久しぶりにボールを手にした。
響くドリブルの音と床に擦れる靴音が懐かしい。ボールがバスケットリングを通る瞬間の、微かなネットの音がたまらなく快感だと思い出した。
正門に向かう昇降口。
下校する姿を見かけて、すれ違うたびに泣きそうになっている陸に、帰ってからよくメールした。
思い出すほどに、感傷にひたる。
別れを惜しむ自分を、嫌と言う程自覚した。
バレンタインの翌日。
教室にやって来た軽音部の有名人がおれを呼び出した。
長い金髪に青いカラコン。校則違反上等なナリのくせに、服装だけはスタンダードな変な野郎だ。
クラスの連中は興味深々で注目している。
こんな野郎がおれに何の用だと疑わしく思ったが。そいつがチョコレートを渡してきて「一日遅れたけど。二次試験、頑張ってください」とだけ伝えてきたものだから、その瞬間教室中がパニックに陥った。
女は悲鳴のような声で喚きたてるし、野郎は吠えるし。
おれも驚いたが、チョコレートに添えられたカードには陸からのメッセージがあって、それで事情を察した。
陸がこんな野郎をパシリに使える身分になったのかと感心したが、それからのおれは謂れのない冷やかしに悩まされる事になった。
最近の陸はよく笑っている。
今年に入ってから派手な連中と連んでいるようで。
学年は違うのに仲のいいダチがいて、そいつに構われて笑っている陸の姿をよく見かけるようになった。
まるで、愛しいものを甘やかすような仕草で陸の頭を撫でる。そいつに向ける笑顔が可愛いほどおれはやりきれない。
お笑いだ。
おれにも人並みに嫉妬心というものが存在したらしい。どうして、そこにいるのがおれではないのだろうと、悔しくてならない。
いつも目の前に陸の笑顔があって、あんな風に触れ合うことが出来たなら。おれは幸せだったに違いない。
これからはもう、そんな姿さえ見ることも叶わなくなる。
この重く苦しい感覚とどう付き合っていけばいいのか。
おれもこの生活に未練はあって、自分で決めた進路に未だ胸の痛みが付きまとっている。
身勝手な感情だ。
陸を遠ざけたのはおれの方だというのに。
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