おもいびと
◆うつろい4
「海斗、今月誕生日だったよね?」
珍しく定時で帰宅した柊司さんが、夕食のテーブルで向かいに座るおれに確認してきた。
おれの誕生日なんてどうして知っているんだろう。
「─なんで……」
「受験票」
「見たの?」
咎めると、柊司さんは悪戯っ子みたいに笑って見せた。
「その日、予定がないなら外に食事に行かないか?」
「え?」
「お礼したいし……」
意味が分からない。
おれには、柊司さんに礼をされる謂れはない。
「いつも世話になってるからね」
柊司さんはそう言って、箸をすすめる。
おれの作ったメシをいつも美味いと褒めてくれて。
感謝をくれる。
おれはそれだけで十分なのに。
「海斗にとっては、ここにいることは辛いのだろうけど……。おれは嬉しいんだ。細やかなところまで管理が行き届いて、この部屋の全てが気持ちのいい空間になった……」
白菜と鶏団子の鍋を味わって、柊司さんは満足そうに笑った。
「海斗が来てくれてから、ここが本当の家になった。何より、待っている人がいる生活を、嬉しいと感じたのは初めてなんだよ」
笑顔が本当にきれいで眩しい。
おれは照れくさくて、居心地が悪くなった。
「おれは君が好きだよ、海斗。弟が出来たみたいで、本当に嬉しいんだ」
柊司さんは、まっすぐおれを見つめて、おれの欲しい言葉をくれる。
「頼ってきてくれて、嬉しい」
柊司さんの笑顔を見て、おれは泣きそうになった。
家族に顔向けできないおれを、こうやって受け入れてくれる大人の存在が、何よりも心強くて。
この人の役に立てるなら、そんな嬉しい事はないと思った。
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