高校バニラボーイズ【謹賀新年】
高校バニラボーイズ【謹賀新年】1
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シュウヤの受験勉強も追い込みに入った年末。
シュウヤの家では毎年家族旅行を兼ねて父方の実家のある関東地方まで帰省していたが。
今年のシュウヤは同行を辞退して。
受験生と言う免罪符と18歳という自立できる年齢に達していたことを理由に、年末年始の一週間を自宅で勉強して過ごす事を宣言していた。
残念がる両親と年の離れた弟に、彼らが愛してやまない上目遣いの表情で「ごめんね」と謝って、「勉強、頑張りたいんだ」と微笑んだ。
後はもう、何も言えない家族がいて。
母親が唯一心配した『食事』については、リョウマに時々来てもらうから……と冗談混じりに本気で返した。
出発当日の朝。
慌ただしく支度をして、自家用車に乗り込んだ家族を玄関先で見送った。
「何かあったらすぐに連絡寄越すのよ」
と、最後まで粘り強くシュウヤに注意事項を言い渡していた母親も。
出発を急いた父親に促されて乗車して。
車はようやく走り出した。
「──行ってらっしゃい!!」
手を振るシュウヤに未練を残した母親が、後部座席から窓に張り付いて、いつまでもシュウヤを見つめ続ける。
角を曲がって、ようやく車が見えなくなってから、シュウヤは「寒っっ!」と竦めた肩を両手で撫で擦りながら、玄関に戻った。
計画は綿密に練っていた。
例え受験生だとしても、こんなチャンスをみすみす逃す手はない。
長い年末年始の休みは、冬休みの中でも特に魅惑の一週間だ。
その後、約二週間弱で、人生を左右する学生の最大イベント『センター試験』が待っていたとしても。
シュウヤはこの貴重な一週間を、大好きなリョウマと過ごしたかった。
もちろん、リョウマには断る理由なんてあるはずもなく。
家族の説得に成功した……と、クリスマスデートの時に嬉しそうに報告してくれた。
家族と同居している未成年である以上、クリスマスイブの夕食時はどうしても自宅で過ごさなくてはならなくて。
ふたりは無理を押し通すことはせず。
その翌日に会う約束をしていた。
シュウヤが予備校通いの毎日だったので、授業が終わった日曜の夕刻に、短時間でもファミレスデートを楽しんでいた。
互いの家を往き来するのも時期的には気が引けて。
受験の二文字は例外なくふたりを抑圧した。
家族の前では、真面目に受験に取り組んでいる所を見せておかないと心配される。
友達と遊んでばかりいたとあっては何があっても言い訳が立たないし。
ましてや、リョウマを『受験生を誘惑する悪友』にはしたくなかった。
シュウヤは頑固なまでに、ふたりの関係に正当性を維持しようと、何処までも深読みしながら周到に物事を進める。
そんなソツのなさに安心と尊敬の念さえ抱いて。
リョウマは全ての予定や計画を、シュウヤに任せていた。
けれど、リョウマにはシュウヤの思惑とはまた別の次元で、シュウヤにしてあげたいと思うことがあって。
例えば、弁当を作ったり。
手作りの合格祈願ストラップを作ったり。
ミサンガを編んで、プレゼントしたり。
甲斐甲斐しい乙男な彼氏振りを遺憾なく発揮して、そのたびにシュウヤを喜ばせていた。
「──あの……これ」
リョウマが、大きな赤い巾着型のラッピングバッグをテーブル越しに差し出した。
「え?なに?」
「プレゼント……あの……」
自信なさそうに、ためらいながらリョウマが差し出す包みを前にして、シュウヤは瞬時に表情を明るく変えた。
「おれに!?」
「あ……うん」
迷うリョウマからプレゼントを受け取って。
「ありがとう。開けていい?」
と、シュウヤはわくわくして尋ねた。
「──うん」
袋の中には、多色使いの毛糸で編んだ、スヌードが入っていた。
大きな目でザックリと編んだそれは、マフラーの両端が繋がったような、おしゃれで機能的な優れものだった。
「これ、もしかして……」
商品のタグが付いていない。
ラッピング素材の図案が、小太りなサンタクロースとトナカイが引くソリのイラストが緩い可愛らしさで。
いかにも自分でラッピングしたような、温かさを感じさせる。
シュウヤは嬉しくてたまらなくなった。
「リョウマの手編みなんだね」
すぐに身に着けて、襟元の部分を両手でつかんで、もふもふと頬を埋める。
真新しい毛糸の匂いがいかにも手作りらしくて、特別な気分にさせられた。
「あったかくて……リョウマに抱かれてるみたい」
嬉しくて嬉しくて。
幸せに酔うようなシュウヤの呟きが、リョウマの胸をキュンと甘く疼かせた。
本当は、手作りなんて重たいと思われるんじゃないかと心配していた。
おしゃれなシュウヤが、身に着けてくれるかどうかも分からなくて。
だから、こんなに喜んでくれて、頑張ってよかったと思えた。
「あ!これはリョウマに」
シュウヤが、小さな包みをリョウマに手渡した。
ビロードの小さな巾着袋が、その中から出てきて。
紐を緩めて手のひらの上で返すと、銀色のアクセサリーが滑り落ちてきた。
片翼モチーフのヘッドは繊細な造りで。
そのホワイトゴールドのネックレスは、リョウマの心を瞬時に豊かな夢想世界へと駆り立てた。
こんな大人っぽいアクセサリーが自分に似合うとは思えなくて。
でも、首まわりに着ける物を互いにプレゼントし合うなんてチョイスは、偶然と言うには出来すぎで。
実は互いに首に縄でも掛けて繋いでおきたいと思っていて。
強い独占欲を隠していたのだろうか……とか。
シュウヤにそんな風に思われていたら、すごく嬉しいとか。
考えていたら、照れくさくて。
顔を真っ赤にして俯いて、リョウマはそのまま黙り込んでしまった。
──また、乙男な夢想に耽ってしまったに違いない。
シュウヤは、本人のクールで凛とした外見とはアンバランスなリョウマの乙女ぶりが可愛くてたまらなくて。
魅惑の年末行事が楽しみで。
未だに自覚のない恋人を前にして。
ふつふつとわき上がるいけない衝動を抑えながら。
じれったい悦びに浸っていた。
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