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honey-pot journey【卒業旅行】
君を好きな理由を考えてみました1【御手洗薫】





ススキノの西に位置するライブハウス。

週末のアルバイトでは、必然的に終電を逃してしまう諏訪と御堂のために、店内の事務室が提供されていた。

ライブハウスの経営者である諏訪の叔父は。現役ギタリストだった頃のバンドメンバーであり、現在ライブハウスの共同経営者でもある人物と同居している。

諏訪は店長の身内でありながら、彼らの住居に宿泊する事を遠慮して。店長の自宅に身を寄せる事なく、ずっと店の事務室で寝泊まりしてきた。
それは、御堂が新しくアルバイトに入ってからも続いていて。
ふたりは、閉店した店内の後片付けと清掃と、飲食物の在庫管理をする事を条件に、事務室での宿泊を許可されていた。

事務室のソファーは、フラットにするとセミダブルのベッドになる。
そこにベッドパッドとシーツを敷いて、ふたりは仕事を終えてからの夜を、毎週末毎に共にしていた。

事務室の奥にある水回りの横には、ただのトイレではなく、トイレ付きのユニットバスがある。

「なんでユニットバス?」

と、御堂は店長に訊いた事がある。

「中古で安く手に入ったから……展示品だったんだよ」

さらりと真相を話してくれた店長だったが、今となっては意図があったとしか思えない。
事務室の設備は不自由が無さすぎた。
完全な防音。地階のため夜が明ける事がない。
ふたりはいつも、深夜から夜明けまで、仕事と房事で忙しく。疲れた身体を寄せあって、事務室で昼近くまで眠っている。
店内も事務室も整然と管理されていたため、ふたりが事務室を使用する事は店にとってはかえって有り難いとさえ思われていた。

ステージとフロアを仕上げた御堂が、カウンターの諏訪の傍にやって来た。
ちょうど在庫のチェックを終えた諏訪が、帳簿を閉じて御堂を迎える。

「お疲れ」

仕事が終わると、互いに労って笑顔を向け合う。
その言葉が重なる瞬間が嬉しくて、ふたりはいつもその後に唇を重ねるだけのキスを交わす。
そして、ゴミ捨てに一度店を出て戸締りをするのが、仕事の締め括りとしての常だった。

なのに、今夜の御堂は珍しく諏訪を外に誘った。

「寒いのに?」

「たまにはデートしたいだろ?」

ゴミステーションに数袋のゴミ袋を投げ込んでから、御堂は諏訪に手を差し伸べた。

「深夜なら手も繋げるし」

御堂の笑顔に誘われて、拒めるはずがない。
諏訪は、そっと差し出された手に指先を乗せた。
触れてきた手を握り返して指を絡める。
照れくさそうにはにかむ諏訪が愛しくて、御堂は握った手を引き寄せた。

ふたりは寄り添って、深夜の繁華街を北に向かって歩いた。
ススキノの北には食を中心にしている店が多い。
南にはバーやパブ、風俗店が多く。
国道を挟んでの南北では、イメージが随分と変わる。

途中、ふたりの姿を見かけた夜の住人たちが、親しげに声をかけてきた。
店じまいをするバルの料理人や寿司職人。
アフターの食事を楽しみにやってくるガールズバーの女の子たち。

御堂にとっては、こんな世界に中学生の頃から馴染んでいる諏訪が、音楽一筋を貫いてきた事が不思議でならなかった。
大人の事情が渦巻くきらびやかな誘惑が多い夜の世界に住んでいながら、諏訪自身は何物にも染まらない。
その純粋さが御堂には眩しい。

通りを歩いていくと、雑居ビルの入り口に佇んでいた癒し系萌えパブの女の子たちが、いつの間にかふたりを取り囲んで親しげに絡んできて。
気が付くと、自分たちを見上げる視線が熱を帯びていた。

「超カッコイイんですけど……何者?」

仕事が終わった後の私服でも、ゴスロリ衣装というベクトルが、いっそ清々しい程だと御堂は思う。

「わたしだけのご主人様になっていただきたいですぅ」

趣味が仕事に通じるとは羨ましい……と諏訪は思う。

「──てか、執事にしたい」

ジーンズ姿がマニッシュな童顔の女の子が、冷めた口調で欲望を顕にした。
中には、仕事と割り切っているプロフェッショナルもいる事がわかる。
しかし、自分たちが絡まれる必然は分からなかった。

癒し系という特色上、小柄で華奢な者が多いようだ。
そんな女の子たちに比べるとずっと大きなふたりは、自分たちの視線よりも遥か下に頭頂部しか見えない女の子たちを、どう扱っていいのか困ってしまう。

不意に御堂が、諏訪の表情の変化に気付いた。
女装した梨玖を見つめていた時と同じ視線を、自分の腕に絡む女の子に向けている。

(──ああ……まただ)

御堂は諏訪の表情を見て、諏訪が何を思っているかを察した。

「行くぞ。諏訪」

「──あ……うん」

諏訪の手を引いて、残念そうな『メイド』たちに見送られながら、御堂は北へと足を運んだ。



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