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honey-pot journey【卒業旅行】
ライブハウスいきました2【ゆずは】





「お待たせしました」

一人でテーブルに座り、手持ち無沙汰に携帯を弄る晃斗に御堂がコーラを二つ持って来た。

「サンキュ。……って、アルコールじゃねぇの?」

「お前達、まだ未成年だろう?店に迷惑はかけられないからな」

ノリの効いた真っ白いシャツに黒いギャルソンエプロン。
トレイを横に携え、男前の上がった御堂が空席の椅子に視線を流す。

「嫁は?」

「トイレ。……けど、なんか遅えな」

「あぁ、今日は男性客に人気のあるグループが演奏するからな。開演直前だし、混んでるのかもしれないな」

女装子梨玖の苦悩に思い至らない二人が、すっかり込み入ってきたフロアを眺めてのんびり話す。
強いライトが照らすステージ前は、ざわめく人々で膨れ上がっていて。
フロア全体から興奮した空気が肌にひしひしと伝わってくる。

「ふ〜ん……。トキオは?いつ出んの?」

「諏訪は最後だな。ゲスト奏者ってことになってるから」

「へぇ〜……」

すると突然、パッ……と照明が消え。
続いて内臓を鷲づかみにして揺さ振るような爆音がフロア全体に轟いた。


…………な、なんだこの騒音っ!!


晃斗があまりの音量に驚き耳を塞ぐが、御堂はやはり慣れているらしく。
親指で自分の胸を指した後カウンターを指し、右手を広げて仕事に戻って行った。

オールスタンディングのフロアは、ノリに乗っていて。
最前列はとりつかれたかのように首を振り、全体が両腕をあげて曲に乗る。
照明が会場の熱気を照らし、フロアが熱狂に揺れる。

「す…げぇ……」

初めて目にする生ライブの熱狂的な興奮に、晃斗はくぎづけになっていた。




…………どうしよう?俺マジ、超絶ピンチ……。


一方、トイレの狭間で途方に暮れていた梨玖は。

トイレに行ったのは女装する直前で、しかも食べたアイスや食後に飲んだ紅茶で尿意はすぐそこまできていて。

現実問題としての我慢も限界に差し掛かっていた。


…………はあぁ〜……どうしよう〜〜……。


解決策が見つからず、梨玖が肩を落とす。

すると突然、爆音が空気を震わせ。
それが合図だったかのように、呆然と佇む梨玖の前で、トイレからバタバタと慌てて客が出て行き始めた。


…………開演したんだ。


トイレから人がいなくなる演奏中なら、男子トイレにも入れる!
チャンスだ!!

梨玖が微かな希望を見出だし、顔を輝かせた。

その瞬間。

「…………えっ?!」

男子トイレから伸びた腕が梨玖の腕を掴み。
もう一本の手で口を塞がれ、有無を言わせぬ力で、ぐいっと体ごと引きずり込まれた。

ダンッ!!と強かに壁に身体を打ちつかせた梨玖が、驚いて目を見開く。

「あんた、ノルベサの観覧車でリサに絡んで因縁つけた女だろ?」

「…………へ?」

それは、先程間違って入った男子トイレで梨玖をからかってきた男だった。

「誘う手間が省けたよ。オレ、あんたに用があったんだ」


…………俺はそんな用ないんだけど?


ただならぬ雰囲気を感じ取り、梨玖が背中の壁に這う。


「リサって?ノルベサ……?あ……」


……観覧車でトキオを逆ナンして、俺にブスって言った女子高生だ!!


思い出した梨玖が、目を見開いて真正面の男を見つめる。
しかしどう考えても、自分が恐喝される覚えはなく。理不尽なこの現状に眉頭を寄せ、頭を傾げる。

「リサがさぁ。因縁つけられたって泣いてたんだわ。可哀相にさぁ」

いやいやいや!!絡まれて因縁つけられたのはこっちだし?!泣きたくなったのは俺だってばよ!!

「で、仕返しだからアンタ犯してって言われてさ」

……は……いぃ?!

「だから今から犯します」

にこやかな顔でそう話す男の丁寧かつ過激な発言に、梨玖がパニクる頭で必死に文章を考える。
………がスペックの低い梨玖の頭は文章を繋げきれず。

「え……と、あのぅ……困ります」

緊張感をぶち壊す間の抜けた応答に、男がぷっと小さく吹き出した。

「何?もっと、いやぁ!とか、やめてぇ!とか、そーゆーのないの?」

「あ……えっと……」


……男の俺を襲うってヤツなら別だけど。ノンケのコイツに犯すって言われてもねぇ。


女装子がばれるのは困るが、この男に男の自分が襲われるなんて考えられない。ゲイセンサーで男をノンケと見抜いた梨玖が困って視線を下に落とす。

するとそんな様子を不審に思ったのか、男が梨玖の顎を掴み上向かせ、顔を近づけて覗き込んできた。

「あれ?お前…………?」

「……え?」


…………女装が……ばれた?!


「あんた……」


ドクン……


男の言葉に体温が上がり、身体から汗が噴き出る。

いくら似合っていると言われたところで、所詮自分は男だ。
男のくせに女の格好をしているという恥ずかしさが梨玖を一層パニックの渦へ突き落とす。

顔が赤くなり、恥態を知られてしまった焦りからドキドキと心臓が脈打つ。

「……………………イイ」

「…………へ?」

ポソリと零れた男の言葉に顔をあげると、顔を赤く染めた男が優しい瞳で照れたように梨玖を見ていた。

「……あんた、イイ女だなぁ……」

「……………………は?」

「あぁ、その赤い顔。……イイ!なぁ、ケー番教えて。あ、オレ、タケシ!」


……………………ナン……パ?


梨玖が、頭をフル回転させて状況をなんとか飲み込む。

タケシがくりくりした目で頬を染め、凄みを効かせていた先程とは打って変わってニコニコと笑う。
どうやら女装子梨玖は彼の好みのタイプだったらしく……?

「名前は?大学生?背高いね、何かやってたの?うゎヤベ、マジ好みなんだけどっ!!彼氏いんの?」

「………………梨玖」

「リク!イイ!!あぁ、もう超カワイイ!!な、オレと付き合って!!」

「………………はは……」


……なんて積極的なナンパだ……。


口では物騒なことをいいながらも、そんな気はさらさらなかったのだろう。
これじゃ女の子も引っ掛かんないよ。とタケシの下手なナンパに妙な感想を抱きながら、それでも女装がばれたわけではないらしいと、梨玖がほっと胸を撫で下ろした。



「オ……あたし、彼氏いるから。ごめんね」

鏡を見た女の子梨玖が、タケシの申し出をやんわりと断る。

ここは無難に穏便に。
タケシの目的が犯罪からナンパへと軟化し、物事を荒立てたくない梨玖は早々にここから立ち去りたかった。

しかし、タケシは諦めなかった。

「じゃあ、友達からっ!!なぁ、Supurasshuファンなんだろ?オレ、メンバーとダチなんだよ。打ち上げ、一緒に行こうよ!」

「すぷらっしゅ?」

「今、演ってるバンド。違うの?……あ!そか。トキオの彼女だったっけか?」

「違うよ。トキオとはただの友達。リサちゃんが勝手に勘違いして、絡んできたんだよ」

「なるほどね。あいつらしいや」

人懐っこい顔で苦笑いを浮かべるタケシを見て、悪いヤツじゃないんだなと梨玖が思う。

「なぁ、友達からでいいから。ホントお願いっ」

「ごめんね、オ…あたし地元の人間じゃないから」

その時。

「梨玖〜……?」

カチャリと扉を開け、聞き馴染んだ声が梨玖を呼ぶ。

「晃斗」

晃斗の声に緊張が解れ、ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間。
壁際で密着していた二人を見た途端、晃斗が険しい顔でタケシの身体を引きはがした。

「……なんだテメェ?梨玖から手ぇ離せよ」

「晃斗!あの、あのね、何もなかったから!ちょっとナンパされただけだから!」

「あぁ?ナンパだぁ?どのツラさげて手ぇ出してんだっ、あぁ?!」」

「リク、オレ、本気だって!」

「あんだと?呼び捨てで呼んでんじゃねぇぞコラ!!」

「あぁ?!いちいちうっせんだよっやんのか、ゴルァ!!」

「や、やめてよっこんなトコで!晃斗!!タケシもっ!!あああっもぉっっ!!」

胸倉を掴んで睨みあう晃斗とタケシ。
喧嘩沙汰になる一瞬即発の雰囲気を読み取った梨玖が間に入るも、二人は敵意を剥き出しにして火花を散らしていた。


……………が。


「あ……」


梨玖が小さく呟き、ふるっと身体を震わせた。

「リク……?」

「どうした?梨玖?」

突然背中を見せる梨玖に二人が手を緩める。
そんな二人をよそに、プリンセス梨玖がごそごそと小便器の前に立ち。

「あ〜〜…、あぶなかったぁ……」

晃斗が来たことで、張り詰めていた緊張から解放され。
我慢の限界に来ていた尿意は一気に梨玖を襲ったらしい。

安堵の吐息をつき、カールがかかった髪をふわんと揺らしながら用を足す、男らしいプリンセスの後ろ姿にタケシが固まった。

「……リ……ク?!」

「……何?お前、梨玖が女と勘違いしてナンパしてたの?」

「いや晃斗、それ普通でしょ」

「勘……違い?……男?……リクが?偽物?!……ウソおぉっ?!!」

流れる水音と同時に、またごそごそと慣れた手つきで身の回りを整え、手を洗ってタオルドライで水気を切る。
そしてすっきりした面持ちの梨玖が振り返り、タケシを見て申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。

「……俺、男なの。だからタケシとは付き合えない。ごめんね」



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あきゅろす。
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