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獣道はいりました
手探りなふたり3





「──協力アリガト いい資料になったわ」

別れ際の先輩は晴れ晴れとして、満足そうにバイト先のサービスチケットを渡してきた。
それは、ファッションヘルスの名刺を兼ねていた。

「今度指名してねぇ」

あっけらかんと笑って去って行く彼女は、その道のプロだったらしい。
おれは、自分が早くてもちっとも恥ではない理由を得て少しだけ安心したものの。
ヘルス嬢の練習台にされた事を知って、ひどく悲しい気分になってしまった。

恐ろしい世の中の洗礼を受けて、おれは疲労で重たくなった身体を引きずるようにして家路についた。





さて。

あれからのおれは、諏訪攻略のために、色々策を考えてみたが、これが中々難しい。

以前の諏訪なら少し強引に押すだけで、おれの手中に出来たと思う。
強引にしたくなかったからこそ、遠回りをしたのだが、それが仇になったか……。
おれもヤキがまわったな。

こう慎重になってしまっては、そう単純に事は運ばない。

だいたいアイツはおれを意識しすぎる。
貞操の危機とでも感じているのか。
だが、それでは一歩も前に進めない。

おれ自身も、諏訪の気持ちを知ってしまってから、何だか諏訪に対して構えてしまって、余計な距離を置いている。

いつまでも行動を起こさないでグズグズしていると、諏訪が突然学校を休んでしまった。
病欠との事だが、健康が取り柄のほとんどを占めていると言われる諏訪が、一体どうしたというのだろう。
火曜に顔を見たっきり、それから2日も休んでいて。

隣のクラスにいるバンド仲間のドラムスに聞いてみると、知恵熱を出してやっとヒトに進化している途中なのだとの回答があったが、多分合っているのは『熱』のところだけだろう。

週末の三連休を目前にして、熱を出して寝込んでいるなんて、なんて間の悪い野郎なんだと、不器用なアイツらしくて同情してしまう。

メールも電話も、今までだってほとんどしたことがないのに今さらだし。
……と言うか、さらに疎遠スパイラルに陥っている今のおれたちには、勇気のいる伝達手段だ。

それより、おれは直接逢いたかった。
だけど、行ったこともないのに、わざわざこんな時に行ったって……と、気が引ける。

おれはさんざん悩んだ末に住所録を確認してみた。
そんなに遠くない。地下鉄で行くより自転車の方が早そうだ。

住所を確認してからも踏ん切りがつかないで、夕食をとったあとも悶々と悩む。
色んな事をごちゃごちゃと考えすぎて、頭の中が煮詰まってしまった。

そして、なぜこんなに悩んでいるのか分からなくなってしまう。

友達の見舞いに行くのに何を迷う事がある。



そうだ!

おれたちは、周囲の認識では『友達』なのだ



そう決意した頃にはもう時計の針は8時を回っていて、こんな遅い時間に、よそのお宅にお邪魔するのはどうか……考えてしまった。

だけど、わざわざアポを取ってから伺うというのも如何なものか……。

そんな事を考えてから、おれは突然気付いてしまった。

だいたいおれは物事を深く考えすぎる。
たかが17の高校男子が、友達に会いに行くのに、そのお宅の事情をあれこれ考えたりするものか。

おれはどうしてこう上っ面だけの体裁を気にしすぎるんだろう。
優等生のツラの皮を返上しないと、最近は何だか息苦しくなってきた。

おれは今まで、自分の生の感情を表出する事なんて考えもしなかった。
感情よりも理屈で人間関係をコントロールして。
自分を殺して和を繕ったり、反対に人を利用したり。
それでもそれなりに自分では満足できる生き方だと思っていたんだ。

諏訪の事だってそうだった。
軽い気持ちで、興味半分遊び半分。

そんな心ない無神経な関わり方だったのに、諏訪はピュアで。
真剣におれの話を聞いて、おれを励まそうとアイツなりに頑張ってくれた。

行きずりみたいなおれを気にして。
たかがキスひとつで堕ちて。

あんなバカみたいに疑うことを知らないヒヨコ野郎は初めてだ。

放っておいたら、おれみたいな悪質な人間の食い物にされるのが目に見えて。

実際女にオモチャにされてるし。

だから、おれがアイツを守らなければならないんだ。

この出会いは、おれにアイツを守れと言う、神の啓示に違いないとさえ思えた。

いや…………無神論者だけど。

諏訪を誰よりも好きで、大切にしたい気持ちも、自分の欲求を押さえすぎる事でかえって諏訪を不安にさせてしまった。
おれはどうしようもなく諏訪に逢いたい気持ちに正直に従って、部屋を飛び出した。

玄関先で、母から夜間の外出を引き止められたが、おれはどうしても譲れない事として母に詫びてから家を出た。



すみませんお母さん

おれには守りたい好きな人がいるんです

ヒヨコみたいに疑いもせず後を追いかけてくる、少しおばかで純粋で可愛い
見た目も、心も、本当に綺麗な人なんです

もしかしたら、これ以上好きになれる人なんて、いないかもしれない

だから………本当にすみません



孫の顔は、姉さんに見せてもらって下さい




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