[携帯モード] [URL送信]

獣道はいりました
不審な恋人1



「諏訪」

 大会が終わって後片付けをしてから教室に諏訪を迎えに行った。
 殊勲選手だった諏訪の机の周りには、珍しくクラスの連中が集まって取り囲んでいる。

 だが、おれが声を掛けると、諏訪はすぐにディパックを肩に掛けて、逃れるようにおれの傍にやって来た。
 相変わらず、興味ない相手との交流は望まないらしい。

「あー御堂。独占禁止法」

「おまえら手のひら返しすぎ。……じゃーな」

「可愛くねえぇぇぇぇぇぇ」

 諏訪を構っていいのはおれだけだ。こんなときに優等生ヅラなんてやってられっか。

 おれはブーイングをする連中に挨拶をくれて、ちょっとした優越感なんかを感じながら諏訪を連れ出した。

 けれど、おれは最近の諏訪の様子が気になって、手放しでは喜べない。
 本当はもっと、今日の優勝なんかを讃え合ったりしたいところなんだが、今のコイツの雰囲気はそれをさせてくれそうもない。

「まっすぐ帰るのか?」

 出来れば、おれは少しでも諏訪と一緒にいたかった。

「や……これから部活あるから、まだ……」

「そっ…か」

 おれの方は学校行事の後って事で、部活は休みだったんだけどな。
 仕方ない。

 でも、おれの方を見ようとしない諏訪はやはりおかしい。
 いくら校内とはいえ、あまりにも素っ気ない。

 いつもおれのカバンや制服の裾を掴んで甘えてきた。
傍にいるときはおれの顔を穴が開くほど見つめてきたコイツが、こんなに距離を置くなんて変だ。

「なあ」

 玄関へ向かう渡り廊下の中程でおれは立ち止まった。

「なに?」

 おれの思い詰めた顔を見て、少しだけ戸惑いを見せる諏訪。
 おれは確かめたかった事を口にした。

「何か、あったのか?」

 おれの言葉が何を意味するのかすぐに理解できない様子で、諏訪はただ沈黙していた。

「おれの事……。もう、飽きたとか」

 本当はそうじゃないと信じたい。
 諏訪の恋する視線を信じたかった。
 でも、おれを避けるような態度や、ふたりの間に線引きするような距離感がおれの思い過ごしでなければ、諏訪の気持ちに何らかの変化があったという事になる。

 おれの事を変に意識し過ぎるのは、後ろめたい何かを感じているからなんだろう。
 もし本当にそうだったら悲しいけど……。

「諏訪?」

 何も答えないで沈黙していた諏訪の顔が、不意に泣き顔に変わった。
 白い肌の目元が赤くなって潤んでくる。
 そして、涙があふれてくると鼻の頭まで赤くなった。

 ああ……泣かせちまった。
 そんなつもりはなかった。
 泣きたいのはこっちの方だったのに。

「──んだよ……。そんな遠回しに言わなくたって」

 諏訪の言葉が、しゃくりあげる呼吸に呑まれて続けられない。

 まずい。誤解されたみたいだ。

「ちが……」

「おれが御堂の事、すっげぇ好きだって知ってるクセに……」

 涙がポロポロこぼれてくる。

 まずい
 マジで泣いてるよな。

「おれがツマンナイならそう言えよ」

 シャツの袖口で涙を拭う諏訪の仕草が、可愛くて愛しくて、もうどうしようもない。
 見ているおれまで切なくなって、うつむいて涙を拭う諏訪を思わず抱き寄せた。

「違う……。ゴメン、違うんだ」

 頬を寄せて抱きしめると、寄せた頬に温かい涙が伝ってこぼれ落ちてきた。

「おまえが最近おれを避けるから、おれが嫌になったんじゃないかって思って」

 サラサラとしたくせのない髪を撫でながら、おれは諏訪の耳元でささやいた。
 頬の涙を唇ですくって、そのままそこにキスを贈って慰める。

「そんな事あるわけないだろ。なんで御堂を嫌いになれるんだよ」

 グスグス泣く諏訪は、ハナをすすり上げながら訴えてくる。

「こんなに好きなのに」

「──ゴメン」

 おれはゆっくり肌をずらして、諏訪の唇の端に触れた。
 諏訪は拒絶しないでいる。
 おれはそのまま諏訪にくちづけた。
 軽く何度もキスをする。その柔らかい感触は最高に気持ちいい。
 そして、震える肩をまたそっと抱きしめた。

「好きだよ」

「御堂……」

 甘ったるい涙声で絡んでくる諏訪は、おれの肩に顔を寄せてきた。
 おれの背中に回された腕が、ぎゅっと力を込めてくる。

 ああ……良かった。
 おれは嫌われた訳じゃないんだ。

 おれはまた、諏訪の身体を少しだけ離して、その可愛くて柔らかい唇にキスをした。
 何度か唇を合わせてから、なんとなくそれだけでは済まなくなって、諏訪の唇の中に入り込んで舌を求める。

 すると、諏訪は急に真顔になっておれの身体を押し返した。
 驚いたままの表情で固まった諏訪は、怒っているというより怯えているように見えた。

 おれは突然の拒絶に驚いてしまった。

「あ……おれ」

 諏訪は後ずさっておれから離れて行く。

「部活遅れるから」

 諏訪は、挙動不審な状態でそう言い捨てて、渡り廊下を走り抜け、おれを残したまま去って行った。

「諏訪!?」

 引き止めようとしてもすでに遅い。
 おれは、何がなんだか分からないまま、その場に立ち尽くした。

 アイツはいったい何を考えてんだ。
 ちょっと求められたくらいで逃げるなんて。
 だいたいこんなキスなんて、今までに何度もしていたじゃないか。

 おれはいよいよもってアイツの気持ちが分からなくなって、なんだかすっかり落ち込んでしまった。




[次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!