獣道はいりました
獣道はいりました6
夕方になって、疲労と空腹で瀕死の状態になったおれたちは、ベッドからやっとの思いで脱け出し、炊飯器の中の大量の飯を平らげて命を繋いだ。
濡れそぼってベタベタのゴワゴワになった爽やかな若草色のシーツが、おれたちの尽きない欲望を象徴している。
ティッシュの箱が空になってよかった。
そうじゃなければ、おれたちは機会を得られないまま、まだ互いの身体に執着していただろう。
慣れてくると、自由に快楽を掴めるようになって、しかも長持ちするようになった身体をいいことに、やりっ放しの状態が続いていた。
もう少しで快楽の彼岸を見てしまうところだった。
噂のナチュラルハイは魅力的だが恐ろしくもある。
食欲と性欲を満たしたおれたちは、ベッドに戻って早々と眠りについた。
それなのに、夜中に妙な疼きを覚えて目覚めると、諏訪がおれの股間をつまみ食いしていた。
「──あ……起きた」
おれの竿を握ったまま、一見ばつが悪そうにしていながら、その実、こんな事をされて起きないわけがないはずで。
文字通りのお目覚めフェラを噛まされたおれは、諏訪の思惑通りにイケナイ気持ちがむくむくと膨らんできて。
欲求に逆らえないで手を出してしまったおれがいた。
薄灯りの中、揺らぐ視界に映る、快楽に乱れる愛しい姿を眺めながら。
妊娠させてしまうんじゃないかと思う程の勢いで、大量の分身を諏訪の体内に迸らせた。
トロトロに柔らかくなった諏訪の中はもう本当に気持ちよくて、おれは廃人のようにその身体に溺れていた。
「──おれが、お嫁さんになってもいいかな……」
おれの横で、満ち足りた表情の諏訪が呟いて、やっとおれが主人役になることに同意してくれた。
朝になってカーテンを開けると、黄色い太陽が脳ミソを直撃した。
いい天気だ。
すっかりゴワゴワになったシーツとパジャマを洗濯機に放り込んでスイッチを入れてから、おれたちは遅い朝食を摂った。
ふたりとも言葉数が少なくて、交わす会話もほとんどなかったけれど、何も言わなくても通じる何かがおれたちの間に確立されていた。
洗濯物が洗い上がってからは、珍しく暖かい日だったので庭の物干し竿に干す事にした。
柔軟剤の香りが清々しい。
干したシーツの裏で、諏訪がおれに小鳥のようにキスしてきた。
「──新婚みたいだ」
そう言って笑うおまえは初々しい若妻みたいだ。
おまえはドリーマーだな。
諏訪。
頼むから曲作りのネタにはしないでくれよ。
おまえとまだ付き合う前に、視聴覚室から聴こえてきた歌の数々は、おまえの作詞だって事がすぐに分かったぞ。
おまえが誰にあんな想いを寄せているか知ってる者にとっては、あれは拷問に近い。
あんなラブレターを一方的に送られ続けて、果たして応えていいものかどうか迷い続けたおれの気持ちも少しは察して欲しいものだ。
複雑な心境でいるおれを見て、諏訪は幸せそうに笑っている。
洗濯物の残りを干していると、家の前に車が止まったようで、車のドアが閉まる音が近くで聞こえた。
諏訪は来訪者を予感して、家の角から玄関の方を覗き見る。
すると、諏訪に気付いた来訪者は、正面の庭を横切っておれたちのいる裏庭にやって来た。
「ただいま──。おみやげ買ってきたよ──」
ツグミ姉さんが帰って来た。
紙袋を頭の上まで持ち上げて見せてから、彼氏と一緒に裏庭に入って来る。
彼女も存分に楽しんできたようで、あからさまに上機嫌だった。
ツグミ姉さんは、洗濯物を干すおれたちを見てクスクス笑う。
「何やってんのよ。こんなに洗濯して……。アヤシイ〜〜」
ツグミ姉さんはニヤリと笑って鋭い指摘をしてきたが、目の前にはためく洗濯物を見ているうちに、みるみる表情が強張ってきた。
「ちょっと、信じらんない!!あんたたちってば、なんでわたしの下着まで洗ってんのぉ──っっ!?」
「──ついで」
諏訪は相変わらずの無愛想を取り戻していた。
人当たりの極端な野郎だな。
「──なんだ?」
後からやって来た彼氏が、慌てるツグミ姉さんの傍に立ち止まった。
「あ……」
目の前にぶら下がる、パステルカラーの下着。
ツグミ姉さんは、それを見て反応した彼氏の目を塞いだ。
きっと見覚えがあったんだろうな。
そんな顔を見せた直後に、彼氏は視界を封じられていた。
「もう!何考えてんのよ、あんたたち!」
ツグミ姉さんはおれたちを洗濯物から追い払って、下着の前に立ちはだかった。
あんたたち……って、おれも一緒な訳か?
つか、そんな過剰な反応されても、困るんですけど。
興味ないし。
下着には。
「御堂は洗濯も料理も上手いんだ。姉ちゃん感謝しろよ。外泊の片棒までかついでくれたんだから」
諏訪がまた変な事を言い出した。
コミュニケーション力がほぼゼロなんだから、あまりしゃべらない方がいいと思うが。
さすがに身内とは、少しくらいは話したりするんだな。
「おれは結婚するなら、姉ちゃんみたいなのより御堂がいいな」
まあ。身内でもおまえの意図は理解しかねるんだろうな。
それを言うなら『御堂みたいな』と表現するべきで。
いきなり限定してはマズイんじゃないか?
「なによ!」
姉さんのキレイな顔がキリッと緊張して、諏訪に向けられた。
ツグミ姉さんはただの嫌味ととらえたみたいだ。
だが、彼氏の方が諏訪の心理に聡く気付いたようで、意味深な表情で諏訪に笑いかけた。
「ふーん。そうなの……」
諏訪の仏頂面は何の反応も見せない。
ホントに徹底してるよおまえ。
そして、おれを見て彼氏がニヤリと笑う。
その視線はおれの心理まで読み込もうとしていたが、おれはいつもの優等生ヅラで応えて煙に巻いた。
だいたいそんな事に気付くな。
深入りするな。
同類だと認識するぞ。
ふと、おれと目があった諏訪が、不意に天真爛漫な笑顔を向けてきた。
華やかでなんて可愛い笑顔。
癒される瞬間だ。
「──笑ったっっ!?」
途端に姉さんと彼氏が驚嘆の声を上げた。
おれはふたりの大騒ぎにビックリした。
「朱鷺雄が笑った!」
「ホントだ。初めて見た」
「──でしょう?『御堂くん』で笑うのよこの子!でも、今のは一番だわ!!」
………………………………あ!
そう言うコト。
諏訪を笑かす人物としての『御堂くん』か。
なんだかな………。
さあ……て
今日は何すっかな。
とりあえず一仕事終えたし、少し寝るか。
「諏訪。……部屋行ってる」
「あ。おれも」
おれは洗濯カゴを持って、家に向かった。
諏訪がすぐにおれの後を追いかけてきた。
何だか色んな混乱に呑まれている姉さんたちは、そっとしておくことにした。
カゴをしまってから、二階への階段を昇っていると、玄関からの死角に入ったところで、不意に前にいた諏訪が立ち止まって振り返った。
そして、おれの顔に触れて諏訪を仰ぐようにあごを持ち上げてから、唇を寄せてきた。
「──逆転」
そう呟いてクスッと悪戯っぽく笑ってから、またキスをする。
おれは諏訪に抱かれて、煽るようなキスを貰いながら。
誘惑に負けそうになっていた。
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