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獣道はいりました
獣道はいりました1





朝を迎えたおれたちは、一階のダイニングキッチンで、テーブルを挟んで向かい合って朝食を摂っていた。

あの後、なんとか諏訪の身体から逃れたおれは、ベタつく全身が不快で、二度目の二度目の風呂を使って。風呂から上がって人心地がついてから、ぐっすり眠り続ける諏訪の身体を拭いてから新しいパジャマを着せてやった。

シーツまでは交換出来なかったが、シワが増えただけで寝るための支障にはならない。

おれはそのまま、愛しい寝顔を間近で眺めながら眠りについた。

早く目が覚めたので、おれはキッチンに降りて、朝飯を用意した。

ツグミ姉さんに依頼された事でもあるが、病人に家事なんてさせられない。

その内に、後から目覚めた諏訪がコーヒーの香りに誘われて、二階から降りてきて今に至っている。

おれの作ったスクランブルエッグを口に運んで噛みしめる諏訪は、早朝のシャワーを浴びてスッキリした身体に真っ白いTシャツを着ている。

Tシャツの中身は、昨夜のバカ力を全く感じさせないほどスリムに見えるが、決して華奢ではないと言うことを実感させられた。

着痩せするタイプなんだな……と、知った。

「──御堂」

スクランブルエッグを飲み込んだ諏訪が、頬を染めて口を開いた。

「なに?」

バタートーストをかじってから返すと、諏訪はモジモジしてなかなか続きを口にしない。

「──なんだよ?」

「あの……」

白いレースのカーテン越しに射し込む朝の光が、諏訪の髪を金色に照らして、視線を伏せた長いまつげが頬に影を落とす。

本当に綺麗だ。

はにかむ姿がこんなに可愛いのに。
こんな野郎があんな凄い事をやってのけるなんて……と、妙に感心してしまう。

こんな静かで穏やかな朝をふたりで迎える事が出来るなんて、何だかくすぐったい気分にさせられる。

まあ……。犯られたのがおれの方だったと言うのが、未だに信じられないけど。

「なんだって言うんだ?」

諏訪の照れくさがりに、おれは可笑しくなって、つい笑ってしまった。

「あの……」

カフェオレを口にするおれに、諏訪は視線を持ち上げてから、甘えた声でねだるように言った。。

「おれのお嫁さんになって欲しいな……って思って」

驚いたおれは、諏訪の顔から胸元にかけて、したたかカフェオレを吹き付けてしまった。

「ひでぇ……」

諏訪はカフェオレを前髪から滴らせながら、綺麗な顔を情けなく歪める。

「あ……や、ゴメン」

おれはテーブルにあったフキンで、諏訪の顔を拭いた。

諏訪は、その手を握って抑制してから、今まで見たことのない、真剣な視線を向けてきた。
何だかただならない雰囲気を察してしまう。

「──ちゃんと聞いてよ。本気だよ、おれ」

このおれをお嫁さんにしたいというセリフが冗談じゃなければ、おまえはどうかしているぞ。諏訪。

「相性いいと思うんだ。セックスよかったし……。料理美味いし。おれ、御堂と結婚したい」

その時、おれの脳内では、能天気な程に明るい音色の軽やかなウェディングベルが鳴り響いた。

たかだかスクランブルエッグくらいで料理上手と誉めるおまえは、女には随分と甘い男だと思うぞ。諏訪。

「今すぐって訳じゃなくてもいいんだ。おれ、まだ生活力ないし……。でも、絶対有名になっておまえを幸せにするから」

縋るように身体をテーブルに乗り出して、おれの手を握ったまま訴えるこいつのアホさ加減には、意見する気力も失せる。

だいたい、ミュージシャン志望の男のこの手の言葉には、騙されてはいけない……と、女の間でも有名なダメセリフだと、どうして気付かないのだろう。

と言うか……もっと根源的な問題があるだろう。

「諏訪」

諏訪の手を振り切って、おれは現実を突き付けた。

「男は18にならなければ結婚出来ない」

おれの指摘に、諏訪は嬉しそうに反応した。

「来年だね!」

能天気もここまでくると尊敬に値する。

「おれにウェディングドレスを着ろとでも言うのか?」

「キレイだよきっと」

「おまえの目は、腐っている」

おれは諏訪の妄想を一蹴した。

「──大体、同性の婚姻を定めている法など、地球上どこを探してもほんのわずかにすぎない」

諏訪は驚いておれを見つめた。
何も返せない諏訪に、おれは更なる現実を突き付けた。

「ついでに言わせてもらえば、おれの将来の夢は弁護士になることだ。お嫁さんじゃない。親父のあとを継いで悪徳弁護士になって暴利を貪る。……おまえよりもずっと将来性があるんだぞ」

「共働き夫婦でもいいし……」

悲しそうな顔で諏訪は訴える。だが、それは論旨がずれていた。
あくまでも、結婚前提の諏訪に、何を言っても無駄なのか……。

本当にこいつのヒヨコ頭には、おれですら敵わないと思う事がある。
一途で世間知らずなのは可愛いが、度が過ぎるのも考えものだ。

おれは正直、困ってしまった。

「──万が一にも、結婚という形式が成立するとしても……お嫁さんになるのはおまえの方だ。おれがおまえを幸せにしてやる。おまえに養われるなんて、危なっかしくてやってられないだろう?」

「ひでぇ……。おれだって、将来はBIGな男になるんだぞ」

安心しろ。
おまえの『男』は既にBIGだ。

「だって、初夜も済ませたんだ。昨夜は御堂がお嫁さんだったじゃないか」

初夜を済ませたら結婚しなければならないなら、世の中の結婚年齢は確実に低年齢化するぞ。

ああ。そうなったらこいつの思うツボか。

それにつけても、諏訪はマジに結婚を考えているらしい。

だが、おれがお嫁さんになる事は賛成できない。

「なんとか言えよ」

おれが返事もしなくなったものだから、諏訪は不安を見せ始めた。
昨夜の事が諏訪にそう思わせているなら、それを修正してやらねばならないだろう。

「──わかった」

おれは立ち上がって諏訪を見下ろした。

「シャワーを浴びてからベッドに来い。おまえを抱いてやる」

途端に怯えたような表情で、全身を強張らせた諏訪を残して、おれは二階に上がった。

自分がされる側となったら、途端にあんな顔をするなんて。
昨夜はさんざんこのおれに突っ込んだくせに。
怯える事じゃないだろう。実際。

だいたいあいつはわがまますぎる。

一体何を考えているのか。

おれはいささか不愉快になりながら、諏訪の部屋に戻って、クローゼットを物色した。

引き出しから新しいシーツを引っぱり出して、ベッドマットの上に広げた。

ベッドに上がってシーツを馴染ませていると、ふとマットの下にある雑誌を見つけてしまった。

あいつもこんな古典的なところにエロ本を隠しているのかと思うと、思わずニヤついてしまった。

ニヤけたまま本を取り出してその表紙を見てから、おれは驚いた。


何冊か隠されていたそれは、紛う事なきゲイ雑誌だった。



どういうことだ?



おれはカオスに落ち込んだ。




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あきゅろす。
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